奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十八章・その①

f:id:jetoku33:20190707234900j:plain

 

十八

 

その僕は、壁にもたれ掛るように座っていた。服は着ていない。全裸だった。実際、現実世界では考えられないことが目の前で起きていることは理解していた。だが、それと同時に心の片隅で安堵し、「非現実世界」を受け入れていた。

まだ夢の先に繋がっている。

そう思えるだけで助かる希望がわいた。そしてたぶん、僕は間違っていないんだと。暗闇の底へ落された現実感の先にある、もう一人の自分。

ここにいるのは夢の中で虫取り網を持って小人獲りの役割を担っていた僕だろう。もしくは、見失っていた、不在だった僕自身かもしれない。

自分探し。その先に見つけた自分。僕は何度かその自分を夢と現実とで行き来して、そして今対峙している。僕は僕に導かれ、ここにいる。

実際、目の前に自分がいることを拒否しようと考えたってしょうがないと思った。

僕の前に僕がいる。実際、それは起こってしまったんだ。

僕はもう一人の僕の前に座った。自分との対峙。

どこかの寺に迷い、等身大の仏像を眺めているような、そんな錯覚がした。すべてが嘘みたいだ。でも、実際そうなってしまっている。抵抗していてもしょうがない。大事なのは常に、起きてしまったことに、どう対処するかだ。

僕は暗闇の中、うっすらと見える自分自身を感じながら、静けさに身をゆだね、目を閉じた。

どこかから隙間風が通り抜けているようだ。少しヒンヤリとした風を感じた。

そのとき、

「ん?」

僕自身をなにかが包んでいるような感覚がした。

感情があふれ、心が揺さぶられるような感覚。寂しさ、温かさ、恐怖、喜び、母さんの背中、父さんの言葉、僕の不在を感じてから、僕がかき集めた僕の欠片。そして今、まさにそれらの欠片と、失いかけていた様々な感覚が再び交わろうとしているのが分かった。心が痛い。それも受け止めよう。苦しさ。それも受け止めよう。これが死ぬ前に見ると言われている走馬灯なのだろうか? いや、違う。僕は体の中で文字通り音を立てて感情があふれそうになっているのを感じていた。ムズムズする。ジッとしていられない。なにかを、なにかを、

「うわぁぁぁぁっっ!」

僕は衝動に任せて声を上げた。その声は暗がりの洞窟の中で音を反響させ響いた。

「うるさいよ」

「へ?」

どこかで声がした。聞き覚えのある声だ。

「ここだよ」

僕は暗がりの中を見回す。そのとき、さっきより視界が開けているような感覚があった。洞窟の中が、さっきより明るくなったような感覚。

僕は、僕が座っていた場所へ目を移す。すると、そこにもう僕はいなかった、そして代わりにいたのが小人だった。

「やっと来たか」

小人はそういうと、ケケケと小さく笑った。

「あ……」

そして自分がまたほぼ全裸の小人獲りの恰好をしていることに気が付いた。

「ルチェルナさん」

「そうだ俺のことはルチェルナと呼べ」

「これはいったい」

「しょうがねぇだろ。お前が潜り抜けてくることを望んでしまったんだよ。どこかでな。どうだ、自分を取り戻した気分は?」

「え、自分を取り戻した?」

「そうだ。たいていは自分を失っていきつつも変化させ、また別の自分になっていくのを受け入れていくもんなんだが、あんたはその変化に対し受け入れたくないと、思い続けていた。それもこれも余計なことに頭突っ込む原因になったというのにさ」

「どういうことですか?」

「まだ分からないのか?」

「え、いや、はい」

「よし、行くぞ」

小人はピョンと跳ねると、僕が掘った穴を抜けた。僕は小人に続き穴を抜けた。そして、再び落ちた穴の底に辿り着いた。

「俺が跳ねたあとをついて来い」

「はい」

小人はピョンピョンと相変わらずかわいいジャンプを繰り返した。僕は小人が跳ねた場所に手を伸ばした。すると、小人が跳ねた場所は岩が崩れず、それを伝い、上へ登ることができた。登れば登るほどそこがかなり深いことが分かった。

「ねえ、ルチェルナさん」

「なんだ?」

「さっきの鹿もルチェルナさんだったの?」

「鹿は森の住人だよ。ただ、俺が森から出ると誰にも見えなくなっちまうから、鹿に協力してもらったんだ」

「ありがとう。ルチェルナさんは優しいね」

「なに言ってんだよお前」

と小人は答えたが、その響きはまんざらでもなさそうな声だった。

僕は小人に続き、穴を登り切り、再び洞窟内へと辿り着いた。あの完全に近い暗闇はなく、さっきより洞窟の中が見渡せるような気がした。

僕はピョンピョンと跳ねて前に進む小人に続き、さらに洞窟の奥へと進んだ。夢と同じ光景だ。デジャブのようであり、実際感がある。初めて来る知っている場所。そして、もちろん進んでいく先にあったのは、

「凄い……」

光があふれる湖がある場所だった。

 

 

 

ドーナツと彼女の欠片【新装版】

ドーナツと彼女の欠片【新装版】