奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十七章・その①

f:id:jetoku33:20190706211342j:plain

 

十七

鹿に誘導されている。

月明かりの中、鹿に誘導され歩いている。ゆっくりと歩く鹿について行きながら、僕はやはり自分の身になにが起きているのかを理解できずにいた。とりあえず目前のことを受け入れること。そんな漠然とした直感だけが僕を支えていた。駐車場の出入り口に来たとき、軽トラの方へと振り返った。

軽トラは廃車のように生気を失い、駐車場の一部のように馴染んでいた。月明かりだけが、軽トラを辛うじて照らし、その存在をギリギリのところで認めているかのようだった。あの中に瑞希が寝ているんだと思うと、僕の行動に疑問を持った。

視線を感じて振り返ると、鹿が立ち止まり、「さあ、行くぞ」と言わんばかりに僕を見つめていた。

僕が頷くと、鹿は歩き出し、それに続いた。

駐車場の先は車道があり、そのすぐ向かいは森になっていた。

月明かりはすでに途切れ、視界に暗闇が広がっていた。

暗闇の中へゆっくりと進む鹿に続き、僕もその闇の中へ入って行った。

足を踏み入れた瞬間、土の感触がした。一瞬強い風が吹き、木の葉が揺れる音が、森全体をザワザワと揺らした。

すると、再び月明かりが森の木々の間を照らしはじめ、僕の目の前に神秘的な森の姿が現れた。目の前にはまだ鹿がいて、僕を誘導している。

そのゆっくりとした歩調に合わせ歩いていると、少しだけ冷静になれた。

ある程度進んだところで、突然鹿が立ち止まった。

「ん?」

鹿は振り返り、僕を見つめた。僕は理由が分からず、立ち尽くす。

なにかが起きる? 僕は瞬時に体を硬直させた。

すると、カササッと音を立て鹿が跳ねるようにその場からいなくなってしまった。

「え? ちょ、ちょっと」

僕は慌てて鹿を追いかけようとしたが、そのあまりの素早さに、踏み出すことすらできず、あっという間に見失ってしまった。

森の中で一人、取り残されてしまった。どうしよう。来た道を戻ればいいのだろうか? あの鹿はいったいなんだったのだろう? 別に意味なんかなくて、ただ偶然やって来た野生の鹿に、僕が勝手に意味を見出し、ついてきてしまったのかもしれない。

僕は途方に暮れた。どうしよう、こんなわけの分からない森の中に来てしまって……。

「ん?」

僕の中に一瞬のデジャブのようなものがよぎる。なにか知っている。

僕は一度深呼吸をして、掌で顔をさすった。

そして、どこを見回しても同じような木々が立ち並んでいるように見えていた森の中が、知っている場所のように感じてきた。

「ここは……小人の森だ」

僕は小さな声で、確認するように呟いた。

ここは夢で何度か見た、小人の現れる森の中だった。いや、その森の中にそっくりだった。

僕は夢で小人に案内され、森の奥へ進んだときのことを思い出していた。小人が目の前で素早くピョンピョンと跳ね、誘導してくれた森の中。

どこかでまさかと思いつつ、もしかしてと考え、僕は歩を進めてみる。

そんなはずはい。そんなはずはない。そう頭の隅で繰り返していた。しかし、実際小人が案内してくれた道のりが目の前に存在し、僕はその奥へと歩いて行ける。

僕は混乱していた。心臓は高鳴り、呼吸を小さく早く繰り返した。

そして、もしあの夢のとおりなら、この木々の道の先にあるのは、

「あった……」

洞窟の入り口だった。

夢と一緒だ。もし、その先も夢と一緒なら、奥へ進んだ先に大きな湖があって、その周りを水溜りがたくさん囲んでいるはず。

良いのだろうか、この先へ進んで。でかい熊とか、大量の蝙蝠とかが住んでいたり、気持ち悪いネバネバしたものが洞窟を包んでいたりしないだろうか。

しかし、実際ここまで足を進めていると、もう中へ入らないといけないという気持ちが先行していた。なにもなければ引き返せばいい。

そう心のどこかでストッパーを置いた。意味も分からず鹿についてきて、森の中で迷い、得体のしれない洞窟の中へ入ろうとしている。なにもかもムチャクチャだ。だけれど、もう、それらのことがどこかで納得し、受け入れている自分がいた。きっと、この先に僕が解決しないといけないことが待っているはず。僕はそこへ行き、それを解決しない限り、失い続けたままになってしまう。

それを感覚的に理解し、思考が否定を繰り返す。瑞希の寝顔が頭をかすめる。揺すっても起きなかった瑞希瑞希が目を覚まさない理由ももしかしたらこの洞窟の奥に潜んでいるかもしれない。

僕はとにかく、歩を進め、洞窟の中へ入って行った。

 

 

家出しなかった少年

家出しなかった少年