奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十五章・その②

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自分はなにをしているのか分からず混乱した。現実に誰かを救い出すことなんてあるとは思わなかった。平静を装おう。目立ってはいけない。ただ、瑞希を捜すんだ。瑞希に一応電話をしてみたが、留守電だった。携帯を取り上げられているか、電源を切らされているのか。でなければ公衆電話からなんてかけてこない。

建物内は比較的広く、幾つかの店舗が連なっていて、そこで買った食事を食べられるように共同の飲食スペースが用意されていた。平日にもかかわらず、ずいぶんと観光客がいた。僕は瑞希を探しながらも、実際いるのかどうかは相変わらず半信半疑だった。

 

飲食スペースに目を凝らすと、ひと塊で談笑して食事している団体が目についた。その間に、何人かスーツ姿の男が座っている。顔はニコニコしているがなぜかその笑顔に違和感があった。よくできすぎている。

そして、そのひと塊の団体の中に瑞希がいた。

「いた……」

瑞希は、明らかに他の人達と違って憂鬱そうな表情を浮かべていた。僕は緊張した。瑞希がいる。追いついた。さて、どうしよう。建物内に響く無造作な喋り声や笑い声、靴音、食器を動かす音、バックミュージックすべてが混じり合い、無音状態の中にいた。

自分の心臓の高鳴りと、息遣いに注意深く耳を澄ませた。

瑞希の目線に入るように正面側に回り込んだが、瑞希は目を伏せて下を向いている。僕に気付かない。

僕はゆっくりとその団体に近づく。

そして、ちょうど瑞希たちのいるひと塊の横の椅子へ座る。携帯を手にして、それを眺めているふりをして、団体の会話に耳を傾ける。

そこでは「ミュージシャンになったら」とか「洋裁が好きなのでそれでなにかしてみたい」とか自分の将来の話や年齢とか、出身とか、それぞれが自己紹介を交えて自由に会話をしていた。

それを聞きながら、どこかでなにも起こらなければいいと感じていた。ただの普通の会話。高速のサービスエリア、日常の空気。そして、ここまで来ている自分に「なにをしているんだと」多少の興奮をするほどの自覚が生まれていた。

ただの笑い話になればいい。

と、そのとき、瑞希がスッと立ち上がろうとした。横のスーツの男性が笑顔で「どうしたのですか?」と瑞希に声をかける。

「トイレに……」

「お付き合いします」と男が一緒に立ち上がったとき、

「いえ、一人で行けます」と瑞希が拒否した。周りに座っているひと塊も会話を止めて、ポカンと瑞希と男に視線を向けた。

「先程から気分が悪そうですし、心配ですので」

と男が言うと、瑞希はなにも答えず、その男と一緒に歩き出した。

僕は、瑞希に近づけるチャンスと立ち上がろうとしたとき、瑞希がその男を振り切るように走り出した。男は慌てて、瑞希を追った。

「あっ」

団体に動揺が走ったが、その周りを囲む数人のスーツの男たちが笑顔でなだめて、落ち着かせていた。

僕は、慌てて瑞希が走って行った方へ向かった。

 

瑞希は人垣をかき分けながら、男を振り切ろうと逃げる。

その姿は必死で、誰かにぶつかり、「わっ」とか「キャッ」とか驚く声が聴こえ、瑞希の今いる場所を離れた場所でも確認できた。男の方は多少冷静を装いつつも、素早く人を避け、速足で瑞希を追う。僕は瑞希が向かいの入り口から外へ出たのを確認して、すぐ横の出入り口から外へ出る。

全速力で走る瑞希は、歩いている親子連れとかに、すがるように「助けてください、乗せてください」と声をかけるも、すぐに後ろから迫るスーツの男を確認し、逃げる。

僕は慌てて、軽トラに乗り込むと、エンジンをかけて瑞希の走っている方へと向かう。手前の道を逆走することになり、走ってくる車にぶつかりそうになるが、歩道に乗り上げ、かつ走り続ける。近くを歩いていた人達が、慌てて避け、僕はそのまま全速力で走る。

周りが騒ぎだし、僕にも注目が集まる。僕は運転しながら、窓から体を乗り出し、

瑞希ちゃんっ!」

と、叫ぶ。瑞希はサッとこっちらへ振り向き、僕を確認する。

僕は軽トラでそのまま突っ込み、憩いのスペースのイスと机をなぎ倒し、追って来る男を塞ぐように停めると、

「乗ってっ!」と叫んだ。

「栗田君?」

「助けに来たよっ!」

瑞希は、飛び乗るように助手席に乗り込み、軽トラで一気に走り出す。

軽トラはキキキッと音を立てる。ブカン、ブカンと倒れた椅子を乗り越えて車道へ降りると、僕は一気に速度を上げた。

後ろを振り返ると、追ってきていた男が全速力で走っている。そのまま、駐車していたレガシィに乗り込む姿が遠くで確認できた。

「まだ、追ってくる!」

瑞希は車内で、ハアハアハアハアと息を整えていて声が出ない。

僕は一気に高速へ入ると、そのまま速度を上げ走り続けた。

目の前の車を抜き続け、クラクションが鳴らされる。

「大丈夫、瑞希ちゃん」

運転に集中しながらも、瑞希に声をかける。

「栗田君、来たんだね」

「事情はよく分からないけれど、これで良いのかな?」

「うん、凄い。正解」

「良かった」

すると、後ろから凄い勢いでレガシィが走ってくるのが見える。

「まだ来やがる!」

軽トラは車内で今にも壊れるんじゃないかと思えるほど、ガタンガタンと音を上げる。物凄いタイヤの振動。

レガシィはスイスイと他の車を華麗に避け、軽トラに迫ってくる。

だけど、追いつかれたってここは高速道路だし、車両を横付けして僕達を塞いだとしてもそのあと、物凄い数の追突事故になるだけ。大丈夫、そんなことはするはずない、と思っているとレガシィは軽トラの右側に並ぶと、平気でこちらへと迫り、停めさせようとする。

「無茶なっ!」

僕は、速度を一瞬遅らせ、レガシィの後ろにつき、体当たりを避ける。

レガシィは軽トラの前に付け、僕らの道を塞ぎ逃がさないようにした。

「クソッ」

と、そのとき、後ろからパトカーのサイレンの音がした。

法定速度以上で飛ばしカーチェイスを繰り返す僕らの車が目立たないわけがない。どっちだ、止められるのは、どっちもかもしれない。

サイレンの音は次第に近づく。警察に捕まった方が良いかも、その方が確実に助かる。レガシィが速度を落とし始めた。

僕は、今だと思い、一気に抜き去り、右側へ出てレガシィを追い抜く。

どうしよう、とにかく逃げよう。

と、そのとき、パトカーが「そこのレガシィ停まりなさい。車を車道の横へ着けてください」と冷静な声色で響かせた。

「僕らじゃない!」

「どうすればいいの?」

「分からないけれど、とりあえず走るよ」

僕らは速度を少し落として走った。遠くでパトカーがレガシィを取り締まるのが見え、遠ざかっていく。

「良かった。逃げ切れる」

僕はそう言って、瑞希を見ると、瑞希は青白い顔をしていて、とても気持ち悪そうだった。

「大丈夫?」

僕がそう聞くと、瑞希は小刻みに首を縦に振り、大丈夫とアピールした。

僕は色々と聞きたいことがあったのだけれども、何も言わず車を走らせた。夕焼けが道路全体を照らし、世界がオレンジ色に染まっていた。

富士山が頭をすっぽりと雲で隠されていたけれど、それでも夕焼け色の雲が被さっている光景がまた不思議と神秘的に見えた。

沼津インターで、高速道路を降りて、そのまま山道へ入った。

知らない道を走り、知らない山道を登っていく。次第にあたりは暗くなっていく。街灯が少ない山道。

街全体を見渡せる山の中腹に、閉店した食堂があり、その横が駐車場になっていたので車を停めた。

車を停めて、僕は深く一度溜息をし、目をつぶった。背もたれに体を預け、緊張を逃がした。

なんだかよく分からない。いったいなにをしていたのかも。少し思い返しただけでも自分がしたことのように思えないことばかりだった。

そうだ、今はまだバイトの途中だったなと思い、連絡しなきゃと考えたけれど、なんだかもう少し休んでいたい。着信を見るとホームセンターから何度も電話がかかっていた。

「ごめんなさい」

瑞希が小さな声で囁くように言った。

 

 

 

不器用なアナログレコードの挑戦

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