奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十四章・その②

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勤務時間が近づき、明日の予定を変更しないといけないと思うと少し憂鬱になった。

いつものように朝礼があり、品出しの時間になって店長に声をかけた。

「実はこの前面接に行った会社から連絡がありまして」

「お、就職決まった?」

そう言われて、素直に「はい、そうです」と言えない自分がいた。あの会社で働くことにまだ抵抗のようなものがあったし、この生活が変化してしまうのも怖かった。

「明日、仕事内容の説明をしたいという電話がありまして」

「明日?」

「ダメですかねぇ……」

「まあ、分かった。就職、うまくいくと良いね」

「はい、すみません。ありがとうございます」

考えてみたら僕はデザインの専門学校時代からここで働いているので、店長ともずいぶんと長い付き合いになる。店長は僕より八つ上で、ホームセンターの社員だった。店内に出るより、事務室で書類の整理に追われていた。たまに僕達バイトを連れて飲みに行ったり、奥さんが迎えに来たときはみんなで冷やかしたりした。愛妻弁当を持ってきて、水筒にはハーブティーを入れていた。

僕がここにいる間に子供が一人生まれ、そのときは何度か店長の代わりに店番をした。女の子で、もうすぐ幼稚園に入るらしい。

「ご迷惑おかけします」このやり取りも何度目だろうか。

 

瑞希からの電話は相変わらずなかった。僕は休憩時間にもう一度電話をかけたのだけれど、やはり留守電だった。

その日は、明日シフト交代の段取りを店長が組んでくれたので、代わりに残業になった。ホームセンターの軽トラでの配達仕事。荷台にセメントやら、木彫ボードやらを積み込んで、三軒回る。大したトラブルもなく、三件目を終えたときに僕の携帯が鳴った。

僕は車を道路脇に停めて、電話を見ると発信元が公衆電話からだった。

電話をとると、小さいな声が聞こえた。女性の声だ。

「あの、聴こえないんですけど」

「……き、瑞希

瑞希ちゃん?」

「栗田君、助けて、ヤバいかも」

瑞希の声は緊張していて、小声で早口だった。

「え、どうしたの? 場所は? 今なにしてるの?」

「今、海老名インター。クリエイティブメゾンのセミナーに行くため、移動中なの」

「どこまで行く途中?」

「静岡の方。白いハイエース二台と紺色のレガシィに乗せられて、十名ほどが……あ」

「大丈夫?」

私見ちゃったの……来た、ちょ、切る」

瑞希の切迫した声とともに電話が切れた。僕は心臓の高鳴りとともに、息が荒くなっている。たぶんヤバいのだろう。どうしよう? 一瞬の間に頭の中で数々の情報が渋滞を起こす。仕事中、明日の初出勤、軽ワゴンを戻すこと、慎重に、いや性急に、ガソリンがあまりない、瑞希の声、小人、足元の影、店長、青野さんの話、クリエイティブメゾン、父さんの言葉。

自分で判断しろ。

「僕が……僕が助ける!」

良いんだ。余計なこと考えないで、助けちゃえば良いんだ!

 

僕は、ギアを戻すと軽ワゴン東名高速の入り口へ向けて走らせた。

 

 

 

不器用なアナログレコードの挑戦

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