奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十三章・その①

f:id:jetoku33:20190628202038j:plain

 

 

十三

 

九月も中盤を過ぎ、比較的涼しい日が増えてきた。

あれからしばらく変わり映えのない日々を過ごした。小人の夢も見なかったし、採用通知もなかった。瑞希はたまにホームセンターへやって来ては野菜について話していった。

 

少し変化が現れたのは、職安に行き、パソコンで求職票を閲覧して、帰ろうとしたときだった。

「あれ、栗田さん?」

声を掛けてきたのは、以前、ここで見かけて、お店でも見かけ、これから面接ですと僕に教えてくれたあの女の子だった。

「あ、どうもこんにちは」

「どこかいいところ見つかりました?」

「いや、今日はもう帰ろうとしていたところです」

「そうなんですか」と言って彼女はニコニコした笑顔のまま、僕に顔を近づけて小さな声で、「私、決まってた職場辞めちゃったんです」と言った。

「あ、そうなんですか」

「ちょっと、待っててもらっていいですか?」

「あ、はい」

僕はしばらく職安の椅子に腰かけて彼女の用事が終わるのを待っていた。待ちながら、相変わらず楽しそうな彼女のことがとても不思議だった。職安に漂う停滞感が彼女一人ポツンといることによって変化し、居心地の悪さを払拭してくれているような気さえする。

「お待たせしました」

「あ、はい」

彼女が当たり前のように僕に近寄って来て声をかけた。僕も当たり前のように装い、頷いて、二人で職安を出た。

近くを歩きながら適当な喫茶店を見つけて二人で入った。

彼女の名前は青野加純と言った。青野さんは空色のワンピースに髪はポニーテールにしていて明るく活発な印象があった。

「栗田さんは忙しくなかったですか?」

「ホームセンターの仕事が休みの日に職安に行っているんです。だから今日の予定はもう終わってしまいました」

「そうですか。私ね、ずっと不思議だったんですよ」

「なにがですか?」

「栗田さんをハローワークで見かけたときからずっと不思議だなって思ってて、でもその意味はよく分からなかったんです。なんだか馴染んでないですよね」

「馴染んでない?」

ハローワークって独特の雰囲気があるじゃないですか。なんていうのか、ちょっとだけ重いんです。空気が」

「ああ、はい」

「だけれど、その中で栗田さん、プカプカと浮いてるみたいなんですよね。で、私、初めて見たとき不思議だなって思って、それからハローワーク行くたびに栗田さん見かけるとプカプカしてて、目で追っちゃうんです」

「なんでだろう。浮いてたのかぁ」

「なにかコツでもあるんですか? 私ね、きっと栗田さんうまくいくと思いますよ。だって、なんて言うのか、声をかけたくなっちゃいますもん」

「いや、僕が浮いているのはもしかしたらハローワークにしても真剣に通っていないってことが大きいのかもしれない」

「真剣に通っていないんですか?」

「真剣ではないです。なんていうか、惰性で。就職が決まらなければいいなとどこかで思っていて、でも、そのうち決めないといけないんだよなって考えているから、僕に働けそうな仕事がまだあるのかどうかなんとなく確認に行くんです。で、あると安心して、なにもしないで帰るんです」

「へー、面白い。じゃあ、あれですか? 今の生活に満足しているってことですか?」

「満足というか、嫌いじゃないんです。このままずっと繰り返しでもいいんだと思うんだけど、それは歳も取るし、色々変化していくからきっと無理だと思うんです」

「彼女さんとかいるんですか?」

「彼女はいないです。だけど、好きな人がいます」

「じゃあ、その人のこと、彼女にしたいとは思わないんですか?」

「思うけど、そうだなぁ。ただ留まっていたいんです。今の時間に」

気が付けば僕は流暢に、呆れるような自堕落な持論をなんの躊躇もなく話していた。真剣に職探しをしていない。今のままがいい。だけどこのままではいられない。空っぽな話。しかし、それらは正直な僕自身の気持ちだった。なぜか、青野さんには話していた。

 

 

エイプリルフールに百歳で死ぬということ

エイプリルフールに百歳で死ぬということ