奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十章・その②

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面接の時間が近づいたので、僕は瑞希と部屋を出て駅まで歩いた。

部屋を出る前に僕がネクタイを締めると「大人じゃん」と瑞希が言った。

「でも、なんで布を首からぶら下げるのかしらね」

そう言われればそうだなと僕も思った。

「考えると変だよね。ネクタイって」

瑞希の反応が自然であればあるほど、スーツを着ている自分がなぜか恥ずかしくなった。

「今日はこれからどうするの?」

「まだ野菜送ってる人がいるから訪ねてみるわ」

「突然行くんだね」

「だってその方が楽しいもの」

瑞希は自分の行為によってもしかしたら嫌われるとか、迷惑なのかもという想像をしていなかった。僕が心配なのは、その純粋で無邪気な行動によって瑞希自身が利用されたり、傷ついたりしないかということだった。だけど、それはやっぱり僕自身の物差しから見た考え方で、瑞希からしたら余計なお世話なのかもしれないと思い、僕はなにも言わなかった。

 

「そうだ、瑞希ちゃんに話したかったことがあったんだ」

「どんなこと?」

「小人の話」

「小人の話?」

瑞希ちゃんが言ってた、人生を影で覆ってしまう小人の話」

そこまで話すと、調布駅までたどり着いた。

「それは怖い話?」

「いや、まだ今のところ可愛い話。また今度ゆっくり話すよ」

「うん」

小人の話はずいぶんと入り組んでいたし、僕の夢とスギヨシが繋がったことや、瑞希がずっと怖がっている小人のことが繋がったことは、きっと楽しんでもらえると僕は思った。

「じゃあ面接頑張ってね」

「うん。ありがとう」

瑞希はニコッと笑うと、僕のネクタイを摘み、フワッと二度振って、「ネクタイじゃーん」と言った。そして「またね」と、背中を向けて歩いて行った。

僕はその後姿をポカンと眺めながら、なにか言い忘れていたような気分になった。

瑞希と別れた後は決まってそう言う気持ちになる。

瑞希ちゃん!」

僕は無意識に近い状態で、瑞希を呼び止めていた。瑞希が立ち止まり、僕の方へと向いた。僕は何を言えばいいのか戸惑っていた。

「どうしたの?」

瑞希がキョトンとした表情を浮かべ、僕に尋ねた。

「……やっぱさ、面接行かなくてもいいと思うんだ」

僕は瑞希と少しでも一緒にいたかった。それは本心だ。

瑞希は相変わらずキョトンとした表情のまま僕を見つめていたが、ニヤッと笑みを浮かべると、僕の方へ歩いてきた。

「面接、怖くなったの?」と瑞希が含み笑いで僕に言った。

「違うよ」

「ふーん」

瑞希は僕の背中をポンッと叩き、「分かったわよ」と言った。僕は瑞希がいったい何を分かったのか分からなかった。

僕は誘導されるように、瑞希と改札を抜け、そのまま電車に乗った。

僕は、瑞希に話しかけようとすると、瑞希は何故か小声で、

「何も言わなくていいから。分かったから」と僕の言葉を制止した。

「いい? まずは起きてもいない変化に今から怯えないこと。余計なことを考える前にまず、出来るだけフラットに自分を持って行くこと」

瑞希はそう言うと、僕を見て真剣な表情で頷いた。

僕も、その瑞希の勢いに押され、頷いた。

「あるプロテニスの選手は、試合の前日からイメージトレーニングを始めるの。瞑想しながら、気持ちのバランスを整えるのよ。いかに練習を積み重ねて、技術的にテクニックを身につけていたとしても、心のバランスが追いついていないと、ベストのパフォーマンスは出せないのを知っているの」

瑞希は僕に、いかにリラックスが大切かを説明し始めた。

僕はその説明を聴きながら、僕の面接を純粋に応援しようとしている瑞希を感じていた。

瑞希がまだ隣にいる。

「しばらく自分の呼吸に耳を澄まして。そして、自分が受け入れられるイメージを繰り返し思い描くの。やってみて」

瑞希に言われるがまま、目を閉じ、しばらく無言で、電車に揺られていた。その状態は心地よかった。だけど、面接のことを集中して考えることは出来ず、ただただ、隣にいる瑞希を意識していた。

ふと、目を開けて瑞希を見ると、目を閉じて自分の呼吸に耳を澄ませているようだった。

僕は、その横顔をしばらくジッと眺めていた。透き通るように白く、唇がピンク色だった。息を静かに吐き出して、また吸い込む。僕は、見惚れ、心が締め付けられ、体中に微弱な疼きを感じていた。

気が付いたら初台に到着していた。僕達は、ホームへと降り改札へ向かった。僕が何か話しかけようとすると、瑞希は何故か、真剣な顔で頷き、僕の言葉を制止した。

改札を抜け、振り向くと、瑞希はまだ改札を抜けないまま、僕を見つめ立っていた。

「大丈夫だから」と、瑞希が言った。

「あ、うん」

「頑張って!」

「うん、ありがとう」

瑞希はガッツポーズの後、僕を指さし、頷きながら、ホームへと戻っていった。

「あ……」

瑞希は僕が面接を前にして、怯えていると思ったのだろう。そして、僕に付き添って、初台まで来てくれた。僕は面接なんかより、ただ瑞希と一緒にいたかった。僕の想いとは少しずれているが、僕はこういう瑞希の行動が好きだった。

 

 

足音にロック

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