奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第八章・その①

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小人の夢は僕が目が覚めたあとも現実感を漂わせていた。

スギヨシの連絡先がどこかに書いてあったと思ったのだけれども携帯の電話帳にも、手帳にも、押し入れの中の私物からも見つからなかった。

卒業アルバムの後ろには、個人情報は書かれておらず、あの当時、どうやって連絡をとっていたのかさえ曖昧だった。まあ、学校に行けば会えたし、誰かに訊けばたいがいの連絡先なんて分かったのだろう。

なので、連絡先の分かる中学時代の同級生にスギヨシの連絡先は知らないかと電話をしてみた。一人は「知らない」と言い、また別の誰かは番号自体もう使われておらず、三人目にやっと、スギヨシ情報に辿り着いた。三人目は広瀬君だった。「ごめん、仕事中?」と聞いたら、広瀬君は今、三交代の工場勤務で、夜勤明けで帰って来たところだと言った。

「あれ、栗ちゃん。スギヨシに用事?」

「うん。ちょっとね」

「やっぱあの事件がらみ?」

「なに事件って?」

「へ? 栗ちゃん知らないの?」

広瀬君はそう言うと一瞬黙った。僕はその沈黙に戸惑う。なんだろう事件って。

「え、うん」

「じゃ、俺も言わない。噂話みたいで嫌だしな」

「なんだよ。気になるじゃん。スギヨシなんか事件起こしたの?」

「いや、スギヨシは事件なんか起こしてない。いい奴」

「じゃあ、なんだよ」

「ま、忘れて。とにかく、あれじゃん? 実家の板金工場に電話したら?」

広瀬君は事件ついてはこれ以上話さないという姿勢を示すように、話を進めた。僕もスギヨシの実家が板金工場だったのを思い出し、「ああ、そうか」と納得した。工場の連絡先なら調べればすぐに分かりそうだ。

「そんだけ?」

と、広瀬君が訊いた。まあ、そんだけなんだよなと思いつつ、

その後、二人でお互いの近況や、適当な世間話をしてケラケラ笑ったあと、電話を切った。

切ったあと「事件」について気になった。広瀬君の口調だと、地元では公然の事実のような感じだった。当たり前だけれど、知らない間に僕の周辺も変化していく。そういったことに気付いたときには少し緊張した。世界のどこかでルールが更新されている。僕が知らない間に色々なことが決められている。

 

携帯でネットにアクセスし、スギヨシの実家の修理工場を検索してみたらすぐにヒットした。僕はそこ書かれていた連絡先を書き写し、スギヨシの実家である整備工場へ電話をしてみた。呼び出しコールを聴きながら少し緊張した。

四コール目に誰かが電話に出た。男の声だった。

「はい。椙吉自動車整備です」

「もしもし、あの肇さんはいらっしゃいますでしょうか? 私、肇さんの同級生で栗田と言うものなんですが……」

「あれ、栗ちゃん?」

電話の相手は明らかに口調が変わり、こちらへ向けて親し気な声になった。

「スギヨシ?」

「どうしたの? 東京に住んでんじゃなかったっけ?」

「うん、ちょっと戻って来ててさ。忙しい?」

「いやま、ボチボチですわ」

「あのさ、飯でも食わない?」

「お、いいよ」

久々の会話もあっさりしたもので、お互いを認識するとすぐに距離があの頃に戻ったようになる。競わされてはいたけれど、似たような枠で括られていた関係。同級生。

 

駅前の定食屋兼居酒屋で待ち合わせた。

僕が先につき、メニューを眺め蕎麦を注文した。

僕が入って十分後ぐらいだろうかスギヨシが店に入って来た。スギヨシは入るなり、キョロキョロと店内を見回し、僕を見つけると、

「おおー、栗ちゃん。久しぶりー」と言い、緩いテンションで片手を軽く上げた。

灰色のつなぎ姿。久しぶりに見るスギヨシは少し体が大きくなった印象がしたけれど、僕もすぐに彼だと認識できた。

「ごめん、仕事の途中?」

「いや、一応終わらせてきたよ」

とニコリと笑い僕の前に座ると、机の上に置いてあったメニューを眺め始めた。

僕の蕎麦が運ばれてくる。スギヨシの前にコップに入った水が置かれる。

「うーん、蕎麦もいいねぇ」とスギヨシは言ったあと、

「すんません、チャーハン」と店員に言った。

ここの店は蕎麦も、ラーメンも、ウナギもピザもカレーも定食もある。それでいて、不愉快にならずそこそこ満足するぐらいに美味しかった。

店員は注文を繰り返し、厨房へと下がっていった。

「ごめん、お先」と僕は蕎麦を食べ始める。そこそこ美味い。

「いやー、どうよそっちは?」

「え? いや就職もしてないけれど、困ってもいない」

「まだ東京?」

「うん」

「で、どうしたの? 突然」

「いやさ、夢で出てきたんだよね」

「なにそれ?」

「こういっちゃなんだけれどもさ、全然気にしてなかったんだけど、この前ね、スギヨシが僕の夢に出てきてさ。それも中学の頃のスギヨシ。夢ってちょっと変じゃん。夢の中では結構リアルに時間が流れててね、で、よくよく考えると、どうもずっと気になってるみたいなんだよね。スギヨシより先に帰っちゃったこと」

「先に帰ったこと?」

「ほら、球技大会のときにさ、一緒に帰るって約束したの覚えてない?」

「なにそれ?」

「あのとき、三組が優勝じゃん。うちらのクラスは三位で、で、スギヨシが落ち込んでたから僕が言ったんだよ。一緒に帰ろうって」

「球技大会は覚えてる。何年のときの?」

「二年」

「んじゃ、ドッジボール?」

「そうだっけ?」

「お、マズいなお互い」と言ってスギヨシが笑った。

記憶は曖昧になっている。

「で、まあ、僕はそう言ったんだけど、忘れて帰っちゃったの。帰ってる途中で思い出したんだけれども、もう結構歩いてたし、そのまま帰っちゃったんだよね」

「あら、まー、ありそうなことだね。そう言われると俺もそんなようなことされた気がする。誰かに置いてけぼりされたとか」

チャーハンを店員が持ってくる。カタンと音を立てて机の上に置かれたチャーハンは色合いからしてキツネ色で、味が濃そうだ。濃い味のチャーハンは僕も好きだった。

「あ、どうも」と、スギヨシが店員にペコリと頭を下げる。

「で、なんで覚えていたかっていうとさ、謝ろうと思ってたんだよね。次の日。それで結構緊張して学校行くわけなんだけど、とくに普通でさ。スギヨシを見ると、言わなきゃと思って、ちょっと遠くから眺めて緊張するんだけど、結局、そのうち普通に話してさ、で、怒ってないんだと思ってそのまま謝らずじまい」

「ふーん。じゃ、たぶん解決してたんだな、というか気にしてないっていうか」

と言ってスギヨシが笑った。

「僕もさ、夢で見るまでは全然忘れてたんだけどさ。スギヨシが脅すんだよな。先に帰ったことは許してやるからって、その代りにって強引に変な用事頼まれるんだ」

「変な用事?」

「虫取り網持って、ふんどし姿で森の入り口で立ってる仕事」

「なにそれ。恥ずかしいね」

と言って、スギヨシはケラケラと屈託なく笑った。この笑い方は中学のときから変わっていない。

「で、小人が出てくるんだ。調子はどうだいって。でも夢の中だと割とリアルなこととして過ごしてるんだよね」

「小人?」

「うん」

「虫取り網?」

「うん」

スギヨシはなにか思い出したように、キョトンと僕の顔を見つめしばらく黙った。

「ちよっと待って、なんか知ってる。俺」

「お?」

スギヨシは八割ほど食べ終わったチャーハンを食べるのを止め、あごに手を当てて、中指で唇をプルプルと触った。

「あー、はいはい」

スギヨシがなにか思い出したように首を縦に振る。そして、感心したように僕の顔を見つめ「へー」とか「いやー」とか言いながら一人で頷き始めた。

「なになに?」と僕が訊くと、

「小人の夢は昔よく見た!」とスギヨシはどこか確信を込めて言った。

「ホントに?」

「うん。中学の頃だよ。学校行きたくないときの夜によく見たんだ。あれは俺の怠け心なんじゃないかなって。よく覚えてる」

「怠け心?」

「あのね、小人の夢あまりに見たから、授業中にその小人ストーリーを考えてたんだよね。で、マンガにしようと思ってた。しなかったけどね」

「それってどんな話?」

「小人が現れるのを虫取り網持ってひたすら待ってるのよ」

「ん? 小人が現れるのを待ってるの?」

僕の見た夢では、なんで虫取り網を持っているのかは謎だった。そういう役割があって、そういうものなんだと。

「そう。小人は影を操作して人を怠け者にするんだ。俺はそれから逃れようと、小人を虫取り網で捕獲しようとしている。だけれども、小人は姿を隠しながら俺に向かってこう言うんだ。『なあ取引しようよ』って」

「取り引き? どんな?」と僕が訊いた。

「お前を影で覆うことはしないから、俺を捕獲するなって。その代り、お前を影で覆う他の小人が現れた場合、こっそり教えてやるっていう取り引き」

「ややこしいな」

「俺はそれを了承するんだ。で、夜な夜な小人獲りの姿で虫取り網を持って、小人を捜しに行くふりをして、その小人とお話をしに行くんだ」

「可愛い話だね」

「うん。あのね、小人は寂しがり屋なんだ」

スギヨシはそこまで一気に話すと、残りのチャーハンを平らげ、コップの水を一気に飲み干した。

「なんかさ、スゲー繋がってない?」

「ふんどしはないけどね」

「どんな格好だったの? 小人獲りの恰好って」

「そりゃ、主人公だからカッコいいのにしようとしてたんだと思うけど、描いてない。マンガって顔だけ描いて満足しちゃうんだよな」

そう言ってスギヨシは笑った。

小人は影を操る。それは瑞希も言っていた。僕はスギヨシの話を聞きながら、あの夢の中の出来事が現実感を増していく気がしていた。少なくとも、何人かの心の中に小人は確実に存在している。それだけで十分、常軌を逸していた。

 

 

 

小さな僕がカナブンと消えた

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