奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第七章

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夢の中の記憶とは不思議なもので、僕はまた森の前で股間に布を巻いただけのふんどし姿で虫取り網を持ち立たされていると分かると、「ああ、そうか」と、その世界にいることを受け入れていた。

そして月がてっぺんに登る頃、また小人が現れた。

 

「どうだい調子は?」

森の方から声がして振り向くと、手前の木の枝に腰かけた小人が僕を見ているのが分かった。小人は暗がりでも確認できるような若干の光を纏っていた。蛍のような微弱な光。

「特に変化はないです」

僕は相変わらず、自分の役割が分かっていなかった。

「そろそろ諦めたらどうだい?」

諦める? 小人はやはり、僕がなぜこんな役割を背負わされているのか知っている。僕はなにも知らないことを悟られまいとまた「ええ、まあ」と調子を合わせる。

「おい、ちょっとついてくるか?」

「え、どこへですか?」

「まあ、息抜きや」

そう言うと小人はチョコンと木の枝から飛び降りて、森の入り口へと入って行った。

僕は小人に誘われついていくことにした。小人はすばしっこく、僕が歩くペースよりも速く、スルリスルリと、木の枝や葉っぱなどをジャンプしながら進んでいく。ジャンプするときに両腕をハの字に踏ん張るようにする姿が可愛らしかった。

小人は時折振り向き、僕がついてくるのを確認しながら森の奥へ奥へ進んでいく。僕はその素振り、動きが可愛らしいなと思った。

「なんだ」

「いえ、なにも」

「もっと早く歩け」

しばらく進むと洞窟の入り口らしき穴があった。

小人は躊躇なく、家に帰るようにその穴の中へ入るとさらにピョンピョン跳ねながら洞窟の奥へと進んでいく。

「けっこう、深い洞窟ですね」

「もうすぐだ。びっくりするぞ」

洞窟は暗く、しかし、穴の奥の方から青白い光が届いていて幻想的にその周辺を照らしていた。その光は奥へ進むにつれ、次第に強くなっていく。

「ここだ」

「へ」

洞窟の中には野球場ほどの広さの空間が広がっていた。真ん中に大きな湖があり、その周辺に沢山の小さな水たまりが星空のように散乱している。湖からは青白い光が放たれ、洞窟全体が一つの生命力であるかのような幻想を感じさせた。

「ここが俺の職場だ」

「綺麗なところですね」

小人はピョンピョンと素早く幾つかの水たまりを飛び越え、一つの小さな水たまりで立ち止まると、

「覗いてみろ」と言った。

僕は余計な行動や、感想や質問なんかをしないほうがいいと思い、小人に近づき、素直にその水たまりを覗いた。

「あ……」

そこには一人の少年が暗がりで眠っている姿が映し出されていた。

「あの、これって?」

「よく見てみい」

「え?」

六畳ほどの散らばった部屋。所々に漫画や脱ぎっぱなしの上着が散乱している。月明かりが部屋を照らし、ベットで眠る少年は掛け布団を押しのけ、うつ伏せで寝ている。僕はその少年の顔に目を凝らした。その少年は、

「あ……」

スギヨシだった。中学生ぐらいのスギヨシ。そう言えばこの前僕に「役割」を頼んできたときのスギヨシも中学生のスギヨシだった。

「あいつ、お前に仕事やらせてサボってやがる」

「え? あ、はい」

「こいつ覆ってやろうか?」

「覆う? ですか?」

「影だよ。こいつを影で覆っても良いぜ」

そのとき、僕は以前瑞希から聞いた小人の話を思い出した。「小人は影を操作して、怠け者の人生を日陰に追いやる」

僕はゾッした。

「こいつもそのうち俺のことなんか忘れちまうんだ。で、猫とか犬とか飼って戻ってこないんだ。俺との思い出なんかより猫とか犬の方がずっと楽しいんだ。みんなそうだ」

小人は強がっているように見えるが、傷ついているようにも見えた。

「あ、いや、理由があるんですよ。きっと」と僕は取り繕った。

「理由?」

「ちょっとお腹が痛いとかなんとか。それと小人さんのことは大好きって言ってたような」

僕は絵に描いたような適当な言いわけを口にした。

「ルチェルナだ」

「え?」

「俺の名前はルチェルナだ。名前で呼べ。小人とは呼ぶな」

「あ、すみません」

「ワンペナな」

「はい」

「んじゃま、もう少し待ってやろうか。お腹痛いんじゃしょうがない。俺も一度とんでもなくお腹痛めたことがあるから、お腹が痛い辛さは知ってるつもりさ。ゲーゲー吐いて寝ころんだまま空を見上げて泣いたんだ」

小人は案外、素直に僕の意見を聞き入れてくれた。

「ルチェルナさんのことも好きですから」

小人は少し戸惑ったような表情を浮かべ、頭を掻いた。まんざらでもないらしい。そして、

「俺だって、あいつのことは嫌いじゃないさ」と言った。

小人は少し照れくさそうに頬を赤らめていた。僕はそんな仕草をする小人にとても好感が持てた。

「それじゃ、僕近いうちに彼のところへ行って説得してきます」

「俺はどっちでもいいんだけどさ」と小人は言っていたけれど、少し嬉しそうだった。きっと、本当にスギヨシのことが好きなんだろう。

 

目が覚めたとき、実家の自分の部屋の天井がそこにあるのが不思議だった。そうだ今、田舎に帰っていたんだ。そのことに気づくまでに少し時間がかかった。あの頃と、今までと、夢の中が混在した思考。

スギヨシに「先に帰ったことを謝らなくては」という思いが頭をよぎった。

しばらく、寝転がりながら思考を整えると、体を起こし、スギヨシの連絡先がどこかにないか調べてみることにした。

 

「俺はどっちでもいいんだけどさ」

と言う小人のルチェルナを思い出し、僕は少し微笑んだ。

 

 

 

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