奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第五章・その①

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行方不明? しばらく言葉の意味が分からなかった。

父さんが行方不明? どういうこと?

いくらかの混乱のあと、母さんへ状況を聞くことをやっとのことで思いつき、電話をかけた。

「もしもしっ!」

母さんの声は明らかに動揺していた。すぐに電話に出て、飛びつくような声をあげた。

その声を聞いて、僕もまた動揺した。

「行方不明って、どういうことなの?」

僕は出来るだけ冷静を装い、質問した。

「いつもだと、もう帰ってきてもいい時間なんだけどね、家にいないし、車はそのままだし、何人かに訊いてみたんだけど、来てないって言うし。朝まではいたのよ、普通に。二人でご飯食べて」

僕は父さんが家へ戻らないことは今までもあったのかと母さんに問いただしたが、「なにも言わないでいなくなることは一度もなかった」と母さんは答えた。

「なにかあったのかねぇ?」

「最近変わったこととかなかった?」

「うーん、そう言えば、よく車で松本の方まで出かけてたかなぁ。でも、前よりちょっと増えたかなぁぐらいで、そんなに……。とりあえず、そっちに連絡行ってないかと思ってね」

「こっちには連絡ないよ。で、警察とか捜索願は出したの?」

僕は母さんに質問をしながら、部屋の中を見回し、なにか父さんにつながるヒントでもないか思考を巡らしていた。目に入ったのは、棚の上に無造作に置かれた爪切りと、殺虫剤スプレーの缶だった。

「ううん。まだ。一日目だし。もう少し様子を見ようかと思って」

「そう」

母はいつもより早口で、少し声が震えているような気がした。

「ねえ、まだ夕方だし、ひょっこり帰ってくるかもしれないから」

「そうだねぇ。どこかで事故にあってたりしてなきゃいいんだけれど……」

「なにか進展があったら連絡してよ」

「うん、分かった。ねえ、そっちは元気?」

「うん、元気だよ」

「たまには帰ってきなよ、正月とかだけじゃなく」

「うん、考えておく」

 

母さんとの電話を切り、僕は遠くで聴こえる車の走る音を感じた。隙間風だけが通り過ぎてるような耳障りな静けさ。

なにかに動揺し、ショックを受けている。

なにかをしなくてはいけない気がする。

僕はまた、携帯電話を手にした。そして父さんへ連絡してみた。

これで繋がれば、なんの問題もない。ただの笑い話になる。電話はしばらく呼び出し中の電子音が続く。

まさか、出るわけないよなと思っていると、呼び出し音が終わり、電話に誰か出た。「え? 父さん?」と呼びかけると、「いや、違うの」と、女性の声がした。僕が混乱していると、「母さん」と相手が言った。電話に出たのは母さんだった。

「あれ、どういうこと?」と僕が聞き返すと、

「携帯電話を家に忘れたままどこかへ行っちゃったのよ」と母さんは言った。

「ああ」

僕は一瞬で混乱が整理され、そして落胆する。

「ホント、ドジよね。歳なのかしら」

「とりあえず、僕もそっち戻るよ。一緒に捜す」

瞬時に判断していた。なにかしなければならないという衝動と、実家に一人でいる母さんへの申し訳なさが僕を揺り動かしていた。

「え? 大丈夫よ」

「いや、たまには実家に行かないとなって思ってたところだし」

僕がそういうと、母さんは少しだけ沈黙し、そして、

「そう? ごめんね、お願い」と言った。

 

とりあえず、バイトのシフトを代ってもらわないといけないと思い、ホームセンターへ電話を入れた。電話には店長が出た。

僕はシフトを調整してほしいと伝えたら「なんで?」と理由を訊かれた。

「ちょっと実家へ行く用事ができまして」

当然、父さんが行方不明なことは隠した。余計な心配も詮索もされたくない。

「ふーん、ちょっと待ってね」

と言って、シフト表を探しているのか、ガサゴソと机の上をあさっている音が聞こえた。僕は無言のまま店長の次の言葉を待った。

「まあ、できないこともないな……」

僕は余計な情報入れまいと「ご迷惑おかけします」と返事をした。

 

 

家出しなかった少年

家出しなかった少年