奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第四章・その①

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花火大会から一ヶ月が過ぎても、瑞希は僕の前に現れなかった。

その間に二度ほど瑞希の携帯に連絡を入れてみたのだけど、いずれも留守番電話になった。瑞希に会っていないと、誰にも名前を呼ばれていないような気がする。僕は瑞希によって辛うじて僕の存在を確認している。きっと。

 

瑞希からの電話はなかったが一度だけ父さんから電話があった。

「どうだね、そっちは」

父さんは唐突に状況を尋ねた。

「ん、別になんとも……」

「そうかね」

「なに?」

「なにって、用事がないと電話しちゃいけないのか?」

「ま、できれば」

「そうかい、わかった」

そして電話が切れた。父さんが用事もないのに電話してくるなんてことはなかったから、多少変な感じはしたけれど、それほど気には留めなかった。

 

その日は窓の外を見ると、どんより雲が空を覆っていた。すぐにでも雨が降り出しそうだったが、寸でのところでこらえていた。少し涼しい。こういう曇りは好きだ。世の中を少しだけ影に浸し、喧騒を鎮めている。

 

午後になって外へ出る。特にやることはなかったのだけど、空っぽのまま部屋に閉じこもっていると、そのまま埋没してしまいそうで少し恐かった。

多摩川の土手を歩いているところで小雨が降ってきた。

僕は陸橋の下へ行き雨宿りをした。

静かな雨だった。音も立てず川の流れや、芝生に吸い込まれ、吸収されていく雨。土手の周辺には誰もいなくて、遠くに見える橋の上を無音で車が行き来している。

僕はボンヤリと雨が多摩川の川面と同化していくのを眺めていた。

そのとき、意識の底に蓄積されていたなにかが浮かび上がり、点と線が繋がっていくかのように腑に落ちていく。

そして、僕は、ここ数日付きまとった違和感の意味を理解した。

 

―― 僕の中に僕がいない ――

 

僕を焚きつけ、寄り添い、無自覚に僕を導いていた僕自身。その「僕」の不在。

あまりにも漠然としていてるそのことを、雨水が川面に同化するが如く、静かに、そして当然のように、僕に気付かせる。

しばらく、立ち尽くした。

 

いつのまにか雨はやんでいた。どれくらい時間が流れていたのだろう。

雨は存在していたのが嘘のように、静かに消えていた。芝を濡らしていたことが、その雨が嘘ではなかったことを知らせていた。

 

 

ガソリンゼロ

ガソリンゼロ