奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第一章・その②

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その夢は唐突でとても不自然だった。だけど、夢の中の出来事と言うのはなんであれいつもその世界の中に現実味を漂わせる。

僕は股間に布を巻いて、ふんどしを締めているような姿で、ほぼ裸の格好。虫取り網を持って立っていた。

夜で、月がてっぺんに浮かび、月明かりに照らされた雲が風に乗って流れていた。寒くはない。

目の前に森が広がり、樹木のシルエットが幻想的に見える。涼しいぐらいだ。僕はふんどし姿に納得がいかなくて、少し不機嫌だった。恥ずかしいし、裸にも自信がなかった。このまま誰にも会わないといいなというのがせめてもの願いだった。

なぜこんな姿で立っているのか、理由はうっすら分かっていた。

中学の同級生のスギヨシに頼まれたからだ。それもかなり強引に頼まれた。最初は嫌がったのだけど「大丈夫。ジッとしていればいいだけだから」と言われ、最終的には「そうしたら、昔、先に帰ったこと許してあげる」と、交換条件を出され、そのことをどこかで後ろめたく思っていた僕は引きうけることになった。夢の中ではそういうことで納得している。

特になにも起きなかった。僕はただ、森の前に立ち、朝を迎えればいいと言う。いつもはスギヨシがその役割を担っているのだけれど、どうしても今日だけは代わってくれと頼まれた。

色々不自然だし、なんだかよく分からないのだけれども、夢の中ではそれもすべて受け入れている。なんとなく理解していて、納得もしている。

目の前には田んぼがあり、その横に一本道があった。

遠くから誰かが歩いてくるシルエットが見えた。近づいてくる。

僕は、なにか声をかけられるのも嫌だな、見られるのも嫌だなとか、色々言い訳みたいなことを思うのだけれども、近づいてくる人影は、どんなに近くへ来ても暗く、顔が見えない。僕は不審者に思われないようにと、しっかりと森の方へ向き、虫取り網を右手に持ち、固まる。

人影が靴音を鳴らし、通り過ぎていく。足音が小さくなり、静寂。

僕はホッとして、早く朝にならないかなと心で思う。

そんなときだった。

「調子はどうだい?」

声が聞こえた。

比較的高音で、澄んだ声だった。

僕は辺りを見回したのだけれども、それらしい姿は見当たらず、ちょっと恐くなり全身に寒気が走った。

「どこ見てんだよ。ここだよ」

僕は身体をビクッとさせ、中腰になり、虫取り網を持つ右手に力を入れた。声がした方へ全身を集中させながらも、身体が震えているのは分かった。ふと視線を下ろしたとき、小人がそこにいた。

赤いとんがり帽を被り、赤の上着に紫のタイツ。先端がとんがった靴を履いていた。ちょうど月明かりが小人を照らし、鮮明に顔が見て取れた。つぶらな瞳で、白い髭が顔半分を覆っていた。もちろん僕は驚いた。驚いたけど、それを悟られるのは危険と察して、恐がっている素振りを隠した。

「こんばんは」

「ああ、こんばんはだな」

小人は十センチぐらいで、手前の小石に腰かけた。

「今夜は比較的気持ちいい。影を引っ張るにもちょうどいい月明かりだよ」

「影を引っ張る?」

「ああ、だけどさ、さっき見に行ったおっさんは影で覆うほどじゃねぇんだなこれが」

影を覆うと聞いて、瑞希の言葉を思い出した。人生の「影」を操作する小人の話。こんな現実離れした夢の世界であろうと、記憶が現実と地続きになっていて、そこに不自然さはない。当たり前のように瑞希の話は覚えていた。

「あれですか、その人、頑張り屋さんだったんですか?」

と、話を合わせて訊いてみた。

「ああ、疲れ過ぎて遅刻する程度だよ。真面目じゃねーかなぁー。こういう月明かりのときにこそ、一気に稼ぎに走りたいんだけどさ、そうそううまくいかねぇんだから落ち込むよな」

「ええ、理不尽なもんです」

「まったくだな。お互いこんな恥ずかしい格好させられてよ」

小人はとんがり帽子が嫌だったんだと思い、ちょっと可笑しかった。

「ホント、むくわれたいですね」

「そうだな、んじゃもうひと頑張りしてくるわ。お前も頑張れよ」

「ありがとうございます」

小人は小石から立ち上がると、お尻をパンパンと叩いて埃を落とし、手前の雑草を引っ張り、その草の反動で、ぴょんと飛び上がった。一気に五十センチほど飛ぶと、雑草から雑草へトランポリンを渡っていくように消えていった。

「小人だ……」

僕は今の出来事を確かめるように、小さく呟いた。そうか、瑞希が言っていたのは本当だったんだと思った。愚痴っぽいタクシーの運転手みたいな口調だったなとリアルな実感が僕を包んだ。

ふと、自分がやっていることがいったいなんなのか分からなくなった。ふんどし一丁で、虫取り網持ってる僕の役割はなんなのだろう?

小人がなんの疑問もなしに僕に話しかけてきたことによって、僕はこの世界で認知されているという恐怖がよぎる。きっと、この世界のことを知らないことをバレてはいけない。うまく振舞って、朝を迎えなければいけない。

小人が消えると、静けさがより深くなった気がした。

少し風が強くなり、寒いなと感じたとき、目が覚めた。

 

置時計が朝の七時を示していた。

掛け布団が身体の横で丸まって、塊になっている。

まだ馴染めない。少しの間だけ、あの夢の世界の実感が身体から抜けきらなかった。

なんでスギヨシなんか夢に出てきたんだろう。もう十年近く会っていないのに。小人が実際いることを瑞希に話したいなと思った。そう思ってすぐ、「そうか夢だったんだよな」と、訂正した。

 

 

足音にロック

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