奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

野心とかうるさい。

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最近、「野心ないかも」と思い始めました。

ほぼ「興味」が先行している感じです。

 

勝つとか、制覇とか、トップとか、そういったことに「うるさい」とか「めんどくさい」って思ってしまいます。

歳を取ってきたからなのかなぁ。

 

結構、満足しているのだと思います。色々なことに。後悔があって、それを何とか拭い去りたいみたいな原動力とかがなくなっています。

後悔は特にないです。

競っても疲れるし、届いてないと足りないと思い続けるだけだし、届いたと思っても錯覚だと思うのだろうし、追われる立場も苦しいだろうし。

そういう、比較みたいなもので尻を叩き続けていくのも、もうだるい。

なんか、嘘くさい。

 

 

無理やり枯渇気味になって、「ここから這い上がって」なんて考えも、なんか、もういい。

 

問題は、「面白くできるはず」なことを見逃しているんじゃないのかって。原因になってるであろう自分の「偏見」みたいなものを、どう取り除いていくのかってことが大事でして。

もっと面白い視点が持てたら、物事への感じ方とか、捉え方とか、一つの場面でも、多くの「錯覚」が重なって、ただただ豊かに思えるようになればきっと楽しいだろうなぁって。

 

しかし、あれもこれもって感じではなくなりました。

「豊かではない」ものってやっぱりあるし、「疲弊」がこびりつくものからは離れたほうがいい。本当に遠回りなことってあるから。

 

でも、「個人」の活動をしていると、「共同」の尊さに憧れると言いますか。もっともっと、委ねたり、寛容であったり、重なり合って、それがある意味での「失敗」であったとしても、「体験」としては強さになる。そんな興味があります。

ある種の「こだわり」より、「重なる」豊かさ。

 

そういう「感動」は、貴重だし、色々なことを支えるだろうし。

その為には、個人としてパワーをつけたほうが良いんだろうなぁ。

依存じゃない重なり。そんな「興味」。

 

豊かな「物語」が欲しい。

 

 

妹と猫

妹と猫