奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

考え方が違う人との寂しさと面白さ。

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たまに、自分の考えていることと、他人が考えていることがあまりにも違うんだっていうときに、「びっくり」します。

 

まあ、よくよく考えれば当たり前のことなのですが、

「ああ、そうか」って思って、その部分にはもう触れないでおこうって感じになります。

 

例えば、僕は最近とくに思うのが「楽しさ」みたいな部分や、「高揚感」みたいなものが大事になってきている気がしてまして。それがあるならある程度「いいや」って思っちゃうところがあるのですが、人によっては「損をしてる」ように思ってしまうのも、意味は分かります。

 

僕は本当に飽きっぽいので、なんとか「もう、いいや」って思わないでいられるように、自分のモチベーションを保つ工夫みたいなものを求めます。

それは、「習慣」だったり、「ハードル設定」だったり、「ルール遊び」なんてのを意識的に組み込んだりして。

飽きっぽいと言いつつ、僕はもう三年ぐらい毎朝千二百文字打っているのですが、それはもう、「習慣」にしちゃったから、飽きるとかそういう感じじゃなくなっています。朝起きて、とにかく千二百文字打つ。なんでもいいから打つ。打つことなかったら「なんもない」って千二百文字打つでもいいからって感じで。

あとは憂鬱だなぁって予定があったら、ハードル低く、「行くのが目標」にして、ほかのことは何も考えないようにする。とか。

日々のルールとしては「不愉快にならないこと」ってのが、もう遊びとしてやっている感じです。

不愉快にならないコツは、たぶん「求めない」ことなので、期待と違うことが起きたら、距離を少し離すってのが今のところ有効かしら。

その人の価値観を、いちいち僕とすり合わせる必要はないのだから。

「ああ、そうなんだ」まあ、いいかって。

特に訊かれてもいないことをこたえる必要もないし、無理に興味持たれなくたってもいいしね。変える必要もないし。自分のやりたいことは基本的には自分でやればいい。

 

たぶんかみ砕いていったときに、僕が飽きる理由として「結果を急ぐ癖」があるので、出来るだけ「目先」だけ意識するようにしているのかもしれません。

 

結果を急ぐと、だいたいのことは「つまらない」のです。

「こうなりたい」のに「まだまだならない」時間が多いし、「これが欲しいのに」それを「今からコツコツ作らなきゃならなかったり」って、ただただ、めんどくさい。

でもまあ、先を見越して動くことも勿論大事なので、そういうのが得意な人は、そうすればいいと思うし。

 

僕が、最近「心の震え」とか「楽しさ」みたいなものを求めているように、他の人は「プライド」だったり、「お金」だったり、「見た目」だったり「順位」だったりを求めてたりする人がいるのは当然なわけで、僕が「当たり前」だと思って話していたことと、随分と噛み合わないなぁって感じたときに、少しは寂しいけれど最近は「面白く」もなってきました。

 

面白く感じられたら、僕はとりあえず良いので。物語に結実するし。

だから、一回は聞くのです。で、「それはない」ってなったらもう聞かない。

二度目はない。

それはルール。

 

でも、目先と刹那に慣れてくと、聞いたことすら忘れて、もう一回聞いていたりして、デジャブ状態で「びっくり」することもありますが。

まあ、それも面白いです。

 

 

妹と猫

妹と猫