奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

花粉症。

f:id:jetoku33:20190131232556j:plain

 

 どう書けばいいのだろう。

 僕はその知人のことを尊敬していた。

 不器用だけれど、誠実であろうとする姿も見てきていたし、今までは何かの間違いで、報われないことも多かったかもしれないけれど、きっと成功を掴むのではないかと期待していた。

 しかし、彼がいつも問題を起こすことは否定できなかった。

 どんな問題を起こすのかといえば、言葉である。

 否定的なことを口にする。自分が正しいと思っていることを相手が泣いていようが主張し続ける。そして、話が長い。本題がなんであったのか分からないぐらい横道にそれる。

 こう書けば、何かしらの対処方法はある気がするのだけれど、実際目の前にしてみると、その暴走は病的すぎて、引いてしまう。

 

 本人も自覚はしているが、自覚をしているということで「分かっている」状態で、けど「それはしょうがないこと」として処理している様子だった。

 つまり、自分はそういう性格なのだから周りに許容しろと主張し続けているのだ。

 

 で、僕もいつのまにか「あの人はああいう性格だし」と、どこかで許容していた部分があったような気がする。

 言っても直らない。けど、才能あるし、天才だからしょうがないのかもしれないと。

 

 しかし、妻がそれを受け入れなかった。

 妻のが僕よりも彼との友人暦は長かった。

 よく二人で遅くまで会話を楽しんでいたらしいのだけれど、久々に再会して会話をしたら、どうしようもないぐらい苦しくなった。

 

 その日は、妻の友人の女性を彼に紹介した。

 妻は、彼女のことがとても好きだし、古くからの友人の彼に紹介して、いい出会いの場になればと期待していた。

 僕ら夫婦は、本当にこの日が来るのを楽しみにしていた。

 うまくいってくれと、心から願っていた。

 

 しかし、彼は一方的に最近起きた不満を話し始めた。延々と一人でそれを話し続けた。僕が途中でぶった切っても、妻の友人の女性が「質問できない」と促しても話し続けた。

 妻は何とか楽しい場にしたかったし、大好きな友人にも来て良かったと心から思える時間にしたかった。

 

 けど、妻が何を話しても否定される。(気がする)その主張が正しいとか、そういうことではなく、彼の言い方がとても妻を苦しめた。

「それは違う! 全然違う!」

 こう、書くとなんでもないように思えるただの否定が、彼が口にすると、途端に圧力が加わる。そういう才能。

 妻は、彼と別れたあと、家に戻り「何を言っても否定された」と泣いた。

 言いたいことを言わせてもらえなくて、話はいつも遮られて、そして圧が強かった。そして大好きな友人の前で強い口調で責められた気分になっていた。

 それでも僕はまだ「いつもの彼だし」と思っていた。

 いや、実際、いつもそれを許していた状態が異常だったと気づくまでに時間がかかった。

 

 僕もどこか疲弊していた。それは久々に人が多い場所へ行ったことが原因なのか、電車の長い移動が原因なのかとか、色々と考えたけれど、

「しばらく誰にも会いたくないね」

 と、自分が口にしていることを知って、彼が原因なのは明らかだった。

 

 僕は翌日仕事に行き、妻は腰痛になった。

 腰痛になったのは、午前中の八時過ぎだった。

 預けていた犬を迎えに行くため、犬がいない間、部屋の掃除をしようと掃除機を抱えようとしたときに起こった。

 激痛。その場に蹲り、動けなくなった。

 実際、そうなってしまうと、苦しくてしょうがなくなる。そして途方に暮れた。このまま動けないまま、一生を過ごさないといけないのかもしれないと思い始めた。

 

 痛みに耐えながら、ゆっくりと身体を動かし、出来るだけ楽な体制を探した。けど、ほんの少し身体を伸ばせただけで、実際はそれほど変化していなかった。

 

 昨日、彼と対面していたとき、どうしても「耐えられないほどの悲しみ」に包まれ、一度その場を退席した。

 妻は近くの道を一人で歩いて、呼吸を整え、気分を変えて元の場所へ戻った。

 けど、その場の苦しさと、自分への情けなさと、相手への怒りは益々蓄積されていった。なんとかその場を終え、家に戻って泣いた。

 理由はうまく説明できない。ただ、悲しくてしょうがなかったのだ。

 わざわざ、彼に会うために犬を預け、時間を調整して、大好きな友人にも時間を合わせてもらい、遠く離れた都内まで出たのに、残ったのは悲しみだけだった。  

 それも途方もなく深い悲しみ。本当に死にたいと思ってしまうほどの悲しみだった。

 実際僕に「死にたい」と言って泣いていた。

 

 妻は犬を迎えに行くことを心の拠り所にした。そこで踏ん張ろうとした。

 また、元の生活に戻そう。そして今大切にしているものをしっかりと大事にしていこう。そう思っている矢先に動けなくなった。

 辛い。このまま本当に死んじゃうような気がした。

 

 そういうときに限って、荷物が届いたり、電話が鳴ったりした。それらを気にしながら、色々なことが嫌になっていた。

 我慢ばかりしている気がする。真実とか、丁寧とかではなく、自分は自由に羽を伸ばして、ただ笑っていたいと思った。

 なんとか這って、電話を手にした。犬を預けていた動物病院へ電話を入れて、状況を説明してもう一泊お願いした。

 そして、昨日会った彼に、絶交メール送った。

 実際にもう会わなければいいだけと思ったが、それでは気がすまなかった。しっかりと怒りを表明して、自らのこれからに対し、責任を持とうとした。

 

 書き終わって送信したときに、不思議なことに腰痛が治った。

 その瞬間、私は間違っていないと確信した。

 もう、夕方になっていた。

 明日、犬を迎えに行こう。

 妻はそれだけが楽しみだった。

 

 けど、実際犬を迎えに行ったのは僕だった。

 妻はまだ腰痛が完全には治っていなかったから。

 

 絶交メールを送ってから、僕の方へ彼から着信があった。

 けど、僕は家族か仕事の用事以外、電話に出ないと決めていた。しばらくしてメールが届き、「電話していいですか」との内容だった。僕はメールがいいと伝えると。

 彼は電話がいいと主張し、僕はメールがいいと伝える。

 そこで連絡が途切れた。

 よっぽどメールは嫌なんだなと思ったが、僕も電話は嫌なのだ。

 

 不可解。よほどの切実を装っていたが、連絡手段も残しておいたのに、どうしても彼は曲げることが出来ないようだ。

 そのことが僕にはとても理解できなかった。

 考えれば考えるほど、胃を痛め、気分が悪くなり、唐突に声を枯らした。

 

 妻は犬が戻ってきたことと、絶交メールをしたことによって吹っ切れているようだった。

 僕はどこかで振り回されている自分を感じながらむずむずした。

 これは僕が、「どうでもいい」と思えさえすれば解決する案件なのだ。

 

 けど、僕は体調を崩し、何も手につかなくなる。

 このまま何も出来なくなるのではないかと焦り始める。

 焦れば焦るほど、ここ数年で一番酷く体調を崩した。

 僕は観念して、病院へ行くと、先生は

「花粉症ですね」

 と言った。

 

 色々とむずむずする。

 まあ、そんな季節なのだろう。

 

小さな僕がカナブンと消えた

小さな僕がカナブンと消えた