小説kinema

小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

空っぽの心地よさ。

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今日は休日。

アパートの屋根のペンキ塗りが終わって、足場を崩すっていうことで、

外がカンカンと鉄の音で騒がしくなるので、妻と、ライト(犬)と一緒に

湘南のドッグカフェへ。

ライトは緊張して、なかなかくつろげなかったみたいだけれど、楽しかった。

 

新しい職場に入って、「分かりました」ばかり言っているなってな流れで、

そう言えばアマゾンプライムに「イエス」ばかり言っていると、人生が変わるって映画のあらすじ読んだなと思い出して、鑑賞。「イエスマン」。ジムキャリーのコメディー。

 

 

自己啓発的なそのテーマを、まんまストーリーも裏切らず、怪しげな自己啓発セミナーに誘われ、そのまま、頼まれれば「イエス」と言い続けるって物語。ホームレスに金をせびられ、友達に酒をおごらされ、訪問販売はなんでも購入し、謎のお見合いサイトを登録してって笑える感じに次々と「イエス」と言い続けていくうちに変なこと、勿論、良い事も起き、って面白い。

最後の皮肉さもいい。

 

しかし、最近は「新人」なので、空っぽ感が半端ないのです。

空っぽ感ってのは何かって言いますと、僕の場合は「創作していない」時間だったりします。

実際は、「物語」は、生活の中で生まれるので、今は新しいことを吸収しているからバリバリ創作の種が積もっていっている最中ではあるのですが、「書く」という作業を止め生活に埋没していると、ふと気づくのです。「あ、今、物語を考えていない」って。

これはこれで、久々な感覚でゾワゾワします。

 

でもまあ、覚えて、こなして、試して、繰り返して、頼まれ、間違えて、また覚えて、疲れが蓄積され、また気持ちを高めてって言う「日常」していることがたまらく「面白かった」りもします。

空っぽ。考えるというより、時間の中でうねっている感じが面白い。

 

イエスマン」を見てても思ったんですけど、どんなことも「打席に立つ」というか、「色々と試す」といいますか、そういうことが流れを掴む秘訣っていうのはよく言われることで、作っているものが面白いから必ず受けるとか、あの人が天才だから必ず称賛されるみたいな、「絶対」はないわけで、面白くても受けないことはあるし、天才でも日の目を見ないこともあるし。

「確率」を上げるには、基本的には「参加回数を増やす」しかないと。

でも、「流れ」に乗れれば幸せかと言われても、また別の意味も生まれてくるでしょう。

まあ、そんなことはどうでもいいのです。最近。

競争は終わり。

この前、仕事前にカフェで、メモ帳にちょっと物語を書いてたら、脳がムズムズってして、気持ち良かったんです。そういうのがまた楽しい。

僕は自分が書いている小説は好きだし、面白いと思っているし、基本的にはまず、それが大事なことだと思っているし。もっともっと面白いものが書ける気がしているのもまた楽しいし。

映画も撮れるような気もしてきているし。

この「気がしている」っていう空っぽ感がたまらなく久々で楽しい。

 

無責任で良い感じ。空っぽ。

 

 

ガソリンゼロ

ガソリンゼロ