小説kinema

小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

何かコイコイ。

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小説家が自身の創作についてよく言っているのが、

「何かが必ず起こると信じる」ということ。

創作をプロットや方法論に頼らず、「物語を信じる」みたいな話。

 

沢山準備していても、もちろん「何かが起こる」ことはあるんじゃないかって思います。

けど、「何か」が起きた場合、事前の準備と違っていたら今までの準備を捨てて「何か」の方を選択することが出来るかっていうのもまた分かれ目なのかもとか。

 

僕は気が散りやすいし、飽きっぽいので、

「ただ信じて書いてみよう。物語は既に出来ている」なんて言って書き始めても、

路頭に迷っちゃったという経験が何度もあります。

だから、「これぐらいの準備はしておいた方が安心する」って、目安みたいなのが多少できてきた気もします。けど、結構当ては外れっぱなしで、話はあっちこっちへと飛びます。

 

ということで、今書いている話も全然分からなかったのに突然スラスラと進んだりします。

そういうの楽しい。けど、また「この先どうなるんだろ」って思っております。

ここで「何かが起こる」ことを信じて、中断せずにまず、書いてしまうこと。

それをとにかくやり遂げなくてはと思ったりしています。

 

そこを疑いだすと「説明」に頼ろうとしちゃう。

理屈で方程式を求めてしまう。

勉強は悪いことではないと思うけれど、大前提として「信じる」ことを

育てないと、「何か」を見逃してしまう気がします。

 

そうやって「何かが起きること」に委ねられるよう、筋トレのように訓練重ねられたらなって思います。

 

って、「何か」こいこい。

ぶつぶつ。

 

 

妹と猫

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