奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

「ルチェルナのこと」販売停止。

kindle「ルチェルナのこと」を販売停止しました。

読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

 

「ルチェルナのこと」は昨年、大幅に書き直して、

改訂版の「恋すること」が販売されています。

 

どちらも、楽しんでもらえたらいいのですが、

やっぱり大幅に書き直したといっても、とても共通する部分が多いので、

どちらか一つにしたいなと思っていました。

 

ということで、これからも、

「恋すること」をよろしくお願いいたします。

さよなら、「ルチェルナのこと」ありがとう。ありがとう。

 

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えー、それでは「恋すること」とテイストが違う、

「ルチェルナのこと」の第一章のみ、記念掲載します。

よければ、読んでやってください。

 

 

「ルチェルナのこと」第一章。

 

 


 瑞希が気まぐれで行動しているわけではないのは分かった。

 彼女は熱中し始めると、途端に周りが見えなくなり、振り回す。今までだって、僕はずいぶんと付き合ってきたと思う。あるときは菓子職人になりたいと、書店で片っ端から菓子作りの本を買いあさり、クッキーやケーキを毎日のように作ってきた。そういうときは三食、菓子になる。朝にチョコレートケーキを食べ、昼にショートケーキを食べ、夜にチーズケーキを食べる。それも一切れではなく、大きく丸いホールが一つ。彼女は一欠片だけ口にして、真剣な表情を浮かべ、また次の味に挑戦する。

 三食のうち、全部味が違うときはまだいい方で、一日中ショートケーキを食べ続けるときなんてのは、もう口の中が甘ったるくなって味なんか分からない。

「どう? 少し甘さを押さえたの」

「うん、そんな気もする」

「でしょ!」

 もちろん、僕は彼氏とかそういう彼女にとっての特別な存在ではなかった。瑞希も最初はバイト先とかにケーキを持っていく。そしてみんな喜ぶのだけれども、さすがに何日も続くと、そのうち遠まわしに敬遠され、いつしか断らない僕のところに集中することになる。

「良かった。栗田君がケーキ好きで」

 と、瑞希は無邪気に笑う。

 僕が好きなのはケーキではなく瑞希だった。

 

 ケーキのほかにハマったのは、洋服デザイン、ギター、四川料理、将棋、書道、マラソン、滝修行なんてのもあった。瑞希はそれぞれに真剣で、決意としては、その世界でトップになることを目指した。寝る間も惜しんで取り組み、そしていつの間にか別のものへ興味を持ち、また打ちこんだ。

 

 僕は都合がいい存在であり続けた。気まぐれに思われる彼女の行動に一切否定的な立場を取らずにいた。彼女から電話がかかってきたら深夜だろうと必ず出て、何時間でも相談に乗り、励まし続けた。

「ありがとう」と彼女は電話で言う。

「頑張って」

「ねえ、私、この世界で一番になれるかな?」

「君が本気なら」

 

 彼女は本気だった。

 他人に言わせたら周りが見えていなかったり、すぐに他のものへ興味を持ってしまう移り気な性格に、「また病気が始まった」と言われることになるのだけれど、本当に彼女は本気だった。

 それがいいとか悪いとかそんな話だとも思えない。どちらかと言えば僕はずっとこのままでいてほしかった。

 瑞希が真剣に取り組んでいる姿はとても美しかったから。

 そして、そんな彼女を見ていると、僕は涙が出そうになる。実際、何度か涙があふれ出て、僕自身戸惑ったりした。

 一生懸命生きている人を見ると、なぜこんなに心を動かされるのだろう。

 

「なぜそんなに努力ができるの?」

 僕がそう訊くと、彼女はこう答えた。

「人生に『影』が存在すると言うのならば、必ずそれを操作する小人が存在するって話。知ってる?」

「小人? 知らない。どういうこと?」

「私が子供のころ、親戚のおじさんに聞いた話なの。人生の『影』を操作する小人。その小人は影を操作して、怠け者の人生を日陰に追いやるんだって」

「怠け者?」

「そう、凄く恐いのよ。影って静かに忍び寄って、いつの間にか全体を覆ってしまうの。私はその小人から一生懸命逃げてるの。きっと」

 そう言って彼女は笑った。

「僕は怠け者だから、そろそろ小人が動き出すかもしれないな」

「そんなことないわよ。栗田君は優しいもの」

「優しいと大丈夫なの?」

「きっと大丈夫よ」

 

 僕の夢に、小人が現れたのはその数日後のことだった。

 

  

 

恋すること

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