奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

文章のかけら 8

さて、宣伝ばかり続きそうな勢いなので、ちょいと、箸休めに。

 

○わきこ

 

 彼女は飛びきり美人だった。

 けど、わき毛だけが常に伸びてくるのだ。

 永久脱毛をしたのだけれど、やはり伸びてきた。

「美人のあなたに私の悩みなんか分かるはずないわ」

 と、今日も言われた。

 そっくりお返ししたかったが、黙っていた。

 

 彼女はわき毛との共存を選ぶことにした。

 わき毛に名前をつけた。

 わきこ。

 ある晩、彼女はわきこと喧嘩した。

 わきこは何も語らず、ただ伸び続けていた。

 そして、喧嘩は物別れに終わり、わきこは翌朝消えていた。

 

 彼女は少し寂しかったが、これでいいんだと言い聞かせた。

 その日から、彼女はもう美人ではなくなっていた。

 

 

○お客様係。

 

「どうも文句が言いたいらしい」

 事務所に帰ってきた部長が僕に言った。

「どうしましょう?」

「まあ、一緒に文句でも聞きに行くか」

「ええ」

 

 応接室へ行くと、老人が一人座っていた。

「お待たせしました」

「待たせるな」

「失礼しました」

 僕は部長と二人で、頭を下げた。

「じゃあ、続きだ。わしの父親も犯罪者だ。詐欺事件で捕まって、そのまま蒸発してしまった。父親はただ騙されていただけなのと母親は言っていた。だが、その母親も万引きの常習犯で捕まってばかりいた。わしが結婚して、妻は母親に万引きを教わって、常習犯になっていた。わしの娘が通報を受けて、よく二人で迎えに行った。そんな娘も思春期にぐれてしまった。無免許でバイクに乗り、変な薬に手を出し、何度か捕まった。そんな中、子供が生まれ、シングルマザーになり、孫が生まれた。孫も大きくなるにつれ反抗的になり、学校で傷害事件を起こすようになり、今は少年院に入っておる」

 僕と部長は老人の話を聞き続けた。何を訴えたいのだろう?

「まあ、いつも警察なり、刑務所なり、少年院なり行くわけだが、わしはその帰り道に、あんたたちが経営しているチェーン店のカフェへ寄るのが楽しみだった」

 そういうと老人は立ち上がり、深々と頭を下げ。

「ありがとう。ありがとう」

 と言った。

 僕らも立ち上がり、頭を下げた。

 お礼だったのか。と、部長と二人で顔を見合わせた。

 

 外まで見送ることにした。色々な人生があるものだ。

 この老人は家族みんな犯罪者で、さぞ大変だったろう。

 

 老人は会社の前に車を停めていた。

 会社に出るなり張り込んでいた警察官に囲まれた。

「はい、駐車違反ですよ」

 

 

○凹んだ。 

 

「もう、終わったな。色々と手遅れだ」

 そう誰かに言いたかったが、それを言える友人さえ、僕の周りにはいなかった。

 気がつけば、不器用なあまり、うまく人間関係を築けていなかった。

 こうやって、沢山やりきれなくなっていくんだ。たぶん。

 

 

 僕は初めて降りる小さな駅で、小さなスナックに入った。

 疲れたおばさんが一人で店をやっていた。

 僕はハイボールを頼んで、少し酔ったふりをして、「もう、どうでもいいや」と言おうと思った。が、やめた。

 千円払って、店を出た。

 

 そんな小さなプライドから僕は始めるしかない。

 ただ言わなかった。店を出た。

 そして「まだ、どうでもよくない」と呟いた。

 

○声 

 

 昨日の朝から喉の痛みが気になった。

 風邪を引いたのかもしれないと、ゆっくり身体を休め、風邪薬を飲んで早めに睡眠をとった。

 けど、喉の痛みは治らなかった。

 僕は余計なことを考える癖がある。何か身体の異変が起きると、それは何かしらのメッセージなのではないのかと思ったりするのだ。今回も、こんなに長引いているのは、きっと「意味」があると思っていた。

 

 何も話さないほうがいいと言うことか?

 ゆっくり休めということか?

 今の状態を変えろということか?

 

 何も考えられなくなってきた。意味などないのかもしれない。

 ただ、身体を壊しているのだ。

 

 

 すると、喉の痛みのせいで、僕の声が自分の声に思えないような声になった。

「まあ、休めよ」

 と、僕が自分の声とは思えない声で言った。

 少しびっくりした。

 が、僕は声に従い休むことにする。

 

 

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妹と猫

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