奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

読者をジャンキーにしてしまうとは。

 

 

「読者をジャンキーにしてしまうのさ」

と、ある作家が、海外の作家に小説のコツみたいなことを教えてもらったと、どこかで読んで、(そのインパクトを覚えているのに、どこで読んだのか忘れてしまうのです。一応、それらしき本を読み返してみたのですが、相変わらず見つけられませんでした)

おお、怖いな。作為的に、罠に嵌めるみたいで。と思ったのですが、一回、意識して考えてみたいと思います。

 

例えば、よく言われるのが、「ゲームの依存性」。

ゲームは、「気持ちいいと脳内から出るドーパミン」を分泌させるよう、設計されていることが多々あると。達成感をいかに、刺激するか。「少し難しいけど頑張れば達成できるような目標」を与え、それをクリアしていくと、また少しレベルの高くなった課題が与えられる。目標を達成すると「気持ちいい」ので、また次も頑張る。その連鎖で、やめられなくなる。

つまり人工の報酬刺激装置になって、薬物を使わない麻薬みたいになると。

 

食品に含まれている「砂糖」。

砂糖の依存性はコカインの14倍。砂糖は空腹が収まった後でも、さらに食べ物が欲しくなるっていう特性があるらしく、その中毒性を生かして、食品産業は必要以上に、食品を甘くして、購買のサイクルを仕組んでいると。裏書を見るとほとんどの食品に「砂糖」が書かれていたりする。

 

とか、こうやって、「ジャンキー話」書いていると、ゴシップ記事を書いている気分にもなりますが、何かを買わせるには、何かしらの「仕込み」があり、そのテクニックを巧みに操作して、買う人を「中毒」にして、また買わせていると。

 

例えば、ギャンブル性の仕組みとしては、「毎回当たる」わけではなく、「僅差で外れた」とか、「惜しい」とか、「たまに当たる」という出来事が、依存性を生むらしいです。

 

そんなことを物語に織り込むとしたら、一例として、

まず、少しだけ難しい課題をクリアする。そこで得られる「承認」があり、

徐々に難易度が上がっていく。

「評価」「信用」「信頼」を獲得していく。

合間合間に、「性的」「食欲」をそそるような描写を挟み、快楽を刺激していく。

難易度の上昇から達成へ。過程で、「裏ワザ」「隠しアイテム」があり、

そして見事勝ち取り、「尊敬される」に値する出来事が起きるのだけれど、

その関係を捨て、自由を得る。

 

って、感じかしら。快楽。

そんな物語も読んだことあるような、ないような。

いわゆる「ジャンプ系」とかかな。

 

でもまぁ、そうはいっても「データ的」なものの作品は、実はそれほど僕は信用していなくて、例えば「ハリウッドの大作映画」は、売れた映画のデータから、脚本をつくったりしていると。けど、その印象としては「似たり寄ったり」な「大味」で「無機質」な、「その時は満足するけれど、そんな重要な気持ちは残らず忘れてしまう」みたいな漠然としたものが残ってくる気がします。

 

それとかテレビのCMまたぎとか、あれもストレスで「どうなるんだ」って引っ張っといて、視聴率を上げようとしているようなのですが、まあ、ストレスですから、即効性はあっても、長期的に見ると、「もう、いいや」ってみんなテレビ見なくなるという。ストレスで引っ張っといて、意外と「落ちが弱い」と引き延ばしに成功していても、「騙された」印象が残って、見切られていくという感じで。

 

うまく行かない時なんて特に、何かしらの「裏ワザ」を手にして、その再現性を繰り返せば「安泰」のようなことを夢見るけれど、実際、その「安泰」を手にしてしまうと、退屈になって本人のドーパミンは出なくなるので、楽しくなくなるという皮肉もあったり。

 

AIが物語が作れるようになったら、「個人のデータから、その人の喜びそうな物語」の提供を瞬時に作ってくれることも出てくるでしょうし、それもまた悪いことではないとも思います。

 

だからこそ、開き直ってしまったほうのが、僕は「楽しく」なって、僕自身のドーパミンは出まくるのかもしれません。

 

誰も見たことのないような、自分にしかできない、とんでもなく面白いものを作ってみたい。

 

そういうモチベーションが「理解されないことの繰り返し」でも、僕は価値があると思っています。

 

 

 

不器用なアナログレコードの挑戦

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