奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

「変態性」の重要性。

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さて、自分を信じ込ませたいということで。

何の話やらと言いますと。

 

変態への道。

 

落合陽一が著書で、「変態性」が重要と沢山書いてまして、

こんな感じで、

 

例えば「天才建築家」の職種は建築士に限定されますが、

「建物好きの変態」は建築士になれるだけでなく、建築に使う素材や重機などの開発者になれるかもしれませんし、インテリア・コーディネーターや都市計画の専門家になれるかもしれません。

 

才能という言葉だけでは表しきれない猛烈な執念のようなものが「変態」からはただよってくるのです。

 

という、文章。

僕は前にも書いたとおり、創作において、評価を受けて前進させるやり方から、「興味を深める」方向へとシフトしたいと思っていまして、それはまさに「変態への道」みたいなもんだなと思ってみたり。というか、面白いし「変態」になるって考えると。少し気持ちも浮く感じ。

 

なんかの本で「男性は歳をとるにつれて狂気に惹かれる」とか書いてあって、で、女性はまた別のことが書いてあって、(気になって何の本だったかなって探してみたんですが見つかりませんでした)で、僕もその「狂気に惹かれる」ってなっているなって思うと、なんとなく、歳をとっていったみたいで恥ずかしくもあるのだけれど、そうにでもならないと、やってられないってのも本音なのかもしれないなと思ったりもして。

 

なにか、振り切れてない感じがするっていうか、そこをブゥオーンっと、飛び越えてしまいたいのだけれど、なかなかうまく行かない。

いっそのことおかしくなりたいって言うかね。

「変態」になろうってなると、しっくりくるかもと思った次第で。

 

 

やっぱ、評価されたい病の副作用みたいなものが出てきて、

前以上に唐突にブログの閲覧数が少なくて凹んだり、小説のレビューが無くて凹んだり、全然相手にされていないような気分になって落ち込んだりってなったりします。

シロクマのことは考えるな状態。

この「評価されたい病」を克服するのは、結構大変かもって。

戦わない、比べない、求めない。

そこには天井が無く枯渇が待っている。そんなことは分かっていても。

 

言うはやすし、そんなね、感情なんか一貫性ないんですから、ブレブレっす。

 

たぶん、大事なのは、それでも「物語の変態性」のことばかり考え続けて、その根拠のようなものを重ねていって、他が気にならないくらいの頭いっぱいそんなことになってしまうこと。って。

 

しかし、天才が自殺するのは、あまりに高みに行ってしまっているから考えを共有する相手がいなくなり、「孤独」になるからだと、なんかに書いてあった。

孤独だと人は死んでしまう。

変態を目指し、僕は果たして救われるのだろうか。

 

そんなことばかり考えていたら腹がムズムズしてきて何だか辛くなったんです。

で、ツイッターで「どうせ誰も読んでねぇーしっ」て思って愚痴ってたら、

海の家のダンテさんが、励ましてくれたので、

ジンワリと響きました。

ありがとうございます。

 

 

で、なんの変態なんだろう。

物語の変態性の追及。

変態作家。なんか変態。

でもまあ、「自称」するもんでもないだろうに。

 

どうしたら僕が満足する物語が書けるのか、奥へ奥へと掘り進められるようになりたい。

 

しかし、年々、悩みが独特になって、人に相談できなくなっているのは否めない。

悩み自体には、「こうすれば」みたいなのは理屈で理解してはいるのだけれど、

もっと、わがままになりたいのよね。

 

迷惑な人は嫌いだけれど、迷惑を許容されるぐらいの圧倒的な個性が足りていないってのも感じる。まだ、沸点にいかない。しかし、奇をてらうものではないと思うし。

よく思われたいなんて思ってるのかもしれないな。

まあ、もどかしいのです。

寂しい。

 

 

これからの世界をつくる仲間たちへ

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