奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

文章のかけら 3

夏真っ盛り。暑いですね。

ということで、おこぼれなネタたちです。

 

クレーマーと長電話。いつしか恋に落ちる。こんなに長く話せるなんて相性がいいのかしらって勘違い。

●人混みで、舌打ちされて、その原因をずっと考えている。

 僕が何をしたのだろう。

「チッ」

 振り返ったが誰もいなかった。

 

 

※ギャンブルについて、どう説得するのか。

●ドラマのイメージだと、泣き叫ぶ母親を蹴り散らして、金もって「うるせぇ 」みたいな現場が想像できる。

●数々の悲惨な例を紹介。けど、そういうのは「自分が平気」と思っているうちは効かない。

●痛い目にあった後だと、一応聞きわけるような感じ。でも陰でするんだろうな。

●こっちがビルの上から自殺すると、叫び説得。ってちよっとね。

 

○ギャンブル好きの人に対して、どう説得していいか一日中考えていた。

 そもそもは、知ったこっちゃないのだけれど、

 それが妻だったり、恋人だったり、親友だったり、大事な人だったとしたら。

 けど、結論から言うと、「やめたほうがいいと思う」と、伝えるぐらいしか出来ない。

 言ったとして、決して止めることはないだろうなとも思いつつさ。

 じゃあ、僕が何が出来るのかといえば、覚悟をすることだと思う。

 相手がすっからかんになる覚悟。お金を貸さない覚悟。最悪離れる覚悟。

 また、

「節度を持って取り組む。私は千円しか賭けない」

 と、言われたとして、それを信じたほうがいいか悪いか。

 単純に、僕ははなっからギャンブルはしないと決めているので、そもそもの選択肢として、僕自身は「やらない」一択なのだけど、

 色々と理屈つけて

「やらないとはいえない」

 なんて言っている相手には、もう既に、ヤバサがぷんぷんするわけで。

 しかし、一度好意的に考えてみよう。

 例えば勝ち続けることがあったとしよう。金はがっぽがっぽ。

 それに越したことはない。一生負けない。やるたびに金が増える。ならやればいい。

 他には、なんだ。好意的、

 本当に「節度」をもってやる。それなら問題ない。どんなに予想が当たりまくって、勝ちまくっても一回だけ千円しかかけない。やればいい。

 あとは、なんだ。

 スゲー金持ちの家族がいるとしよう。百万負けても、すぐ百万くれる人がいる。

「これは娯楽。買い物みたいなもの。お金は問題ないの」

 と言って、負けまくって、金せびり続ける。

 ああ、すればいい。

 

 まあ、だから、何がいいたいかといえば、その「好意的」な状態を僕が「どう思うか」ってのも試されているわけで。信じられないのが普通だけれど、色々な理屈の相手が言う「信じて」を信じるべきかとか。

 そもそも知ったこっちゃないのに、そんなことを考えないといけないのは、止めさせたい訳で。で、きっとそれは難しいと思っているということなんだけど。

 まあ、本人にどういうことが起こるのかってことが大事になっていくんだろうな。

 いきなり五十万円勝ったやつが、その後負け続けても、また五十万勝てばチャラになると、三十万借金して、すっからかん。でも前に起こったのだから、次は五十万また起きるかもと、借金の額増やしてって。それは分かりやすいパターン。負の連鎖。

 どうせ金が入ってもまたそれを賭けるだろうし、賭けないまでも、普段だったら別に必要でもない高い買い物をしたり、おごったりするのだ。無駄遣い。バカパターン。

 

 痛い目見るって想像ばかりしてしまう。

 結局止められないってなると、「勝つ」時と、「負ける」時があって、実際、いい目に遭ってしまうと、またやる。で、負ける。勝つ。そんな繰り返し。で、ずっと止められない。

 

 とも想像してしまうのだけれど、本当にそうか?

 知り合いが、賭け麻雀や賭けゴルフをやるという。で、みんな金持ちだという。

 で、僕が貧乏人だったとして、

「そいつらクズだな」

 と言って響くだろうか?

 

 そう考えてみると、自分がまともなことを言っているという「錯覚」に陥っているのではないかと思い始める。

 本当はギャンブルなんてものは「普通」のことであって。実はみんなやっていて、

 極端に貧乏な僕だけが怖がっていて色々な理屈をつけて「最低な行為」と思いたがっているのではないか。

 何だか反吐が出てくる。

 何でそんなこと考えなきゃいけないんだ。

 だから、覚悟の問題である。

 僕はやらない。相手はやる。きっと勝つことも負けることもあるだろう。

 で、最悪依存症になり、借金背負うリスクがある。

 だから、

「やめたほうがいいと思うよ」

 と言ってみるのだけれど、

「大丈夫。私は」

 と、言うのだろう。

 

 

 そして、僕は覚悟する。

 そうならないのに越したことはないのだけれど。

 相手を信じること。それは勝つことを信じるのではなく、最悪の事態が起こったときに、相手が立ち直れると信じること。

 けど、そんなことを僕が考えようと、相手はきっとやるのだろう。

 だから僕は覚悟する。

 それしか出来ないのだ。たぶん。

 

○手を差し伸べない勇気について。

 そいつの部屋は汚かった。

「汚くね?」

「まあね、でも慣れるよ」

 いや、そういう問題じゃない気が……。

 で、僕は掃除を始める。

「えー、悪いね」 

 と、そいつが言う。僕は八時間掃除しっぱなしで、床が見える状態にする。

 

「おー、凄い。ありがとう。これからは綺麗に使うよ」

 僕も相手も満足して帰る。

 で、再び来ると、また汚れている。

「……」

「またやってくれない?」

 そうか、こうなるのか。

 自分が何もしないでいて、都合いい奴が、都合のいいことすると、またそれを求めるようになる。で、気がつけば僕が本当の都合のいい奴になっているという。その仕組み。

「じゃあ交換条件で、片付けたらうちの掃除手伝う?」

「いいよ。分かった」

 ということで、また片付ける。

「ありがとう、今度約束果たすよ」

 そして別れ、連絡を入れる。

「約束のうちの掃除なんだけど……」

「あ、今度ね」

 そして、その「今度」は永遠に訪れることは無く。

 僕は寂しくなる。自分のバカさ加減と、人を見る目のなさ。

 そして思ったとおりだと。

 で、思っていた通り、そいつと絶交した。

 

 

パワーアップしたいな。

僕の小説を読んでください。

 

 

不器用なアナログレコードの挑戦

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