奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

実験結果

 脳研究の発展にともない、犯罪者がなぜ短絡的な犯行を繰り返すのかが明らかになってきた。
 本来、成長により伸ばされるべき脳内の一部が未発達であったり、先天的にその部分が弱かったりすることによるのが原因。
 それらは理論的に、最新技術を使えば修正が可能だという。
 その理論を唱えた小坂教授は、
「人体実験がしたい」
 と発言したことにより、連日のように非難の嵐を受けることになった。
「人権無視」「監視社会の助長」「洗脳」「性格を操作することは軍人育成になりかねない」
 教授の研究室は批判の電話が鳴り響き、ネットは炎上し、建物は落書き被害が止まらなかった。近所の住民からは苦情。外も歩けない。そのうち教授は姿をくらますようになった。

 時間が流れ、小坂教授の存在自体世間から忘れ去られた頃、「元犯罪者」が立派に更正して、世の中に役立つサービスを次々と提供していると、マスコミに度々取り上げられるようになっていた。

 詐欺で逮捕歴五回の男は、自動運転技術を利用した「動く宅配ボックス」のサービスを始め、宅配革命の詐欺師ともてはやされた。
 恐喝で二回逮捕歴のある男は、会いたくない人を、実際に会わないで済むように知らせてくれる「対人ブロックシステム」を開発し、「もう、誰も恐喝することが出来ません」とハニカミながら言う姿がテレビコマーシャルで連日流され、
 密輸組織の幹部だった男が、磁力を利用して重い荷物を浮かべて移動できる「うきうき」を発売。「もう、うきうきすぎて、こっそりなんて運べない」と書かれた広告がネットに溢れた。

 世の中を画期的に動かしている元犯罪者に共通しているのが、無人島に新設された、「離れ島刑務所」の受刑経験者だというのが、また話題になった。
 離れ島刑務所の犯罪者は評判が上がり、出所後はすぐに雇いたいという企業が増えていった。

 離れ島刑務所のドキュメンタリーが放映されると、たちまちネットで話題になった。
「うるせぇクソババア! 殺してやろうか!」
 と叫んでいた薬物中毒の男が、刑務所から戻ってくると、
「ただいま、お母さん。愛してます」
 と、涙ながらに母を抱きしめる姿は、多くの芸人がネタにした。

 しかし、当然ながら何か裏があるのではないかと言われ始める。「心理学の授業を取り入れたからだ」と刑務所の所長が、取材に答え、それで何となく納得される形にはなった。もちろん、それは表向きの発表だった。

 実は、離れ島刑務所の所長が、秘密裏に小坂教授に脳実験の場を提供していたのだ。
 しかしそれが公になる頃には、世間の流れは明らかに変わっていた。

 汚職で捕まった、離れ島刑務所出身の政治家が、死刑廃止の法案を提出。その代わり、「脳手術」という刑の執行を唱えた。
 それを機に死刑廃止論と共に脳手術についての議論が広がっていった。 実際に離れ島刑務所出身の元脱税医師により、緊急で行われた事故手術の際、「脳手術」を行った。「事故前より頭の回転が良くなった」と患者が発言し、その効果が話題に。研究も一気に加速していった。活躍中の元犯罪者が「我々も脳手術経験者だ」と、発言すると、「アリなのではないか」とか、「犯罪もある意味、脳の病気と認定できるのでは」など、言われ始め、簡単な脳治療は、「薬を飲み、ブルーライトを二十分照らすだけ」という、お手軽さから、一般的にプチ整形のように、「脳プチ」と呼ばれ、能力を伸ばす人が続出していった。

 話題が盛り上がるにつれ、小坂教授の理論は正しかったという論客が増えていった。
 しかし、当の小坂教授は相変わらず、表舞台に出ようとはしなかった。一度叩かれた経験が小坂教授に世間に出ることを怯えさせていたのである。
「私は実験だけ出来ればいいのだ……」

 だけど、そういうわけにも行かなかった。マスコミは脳手術の提唱者がどこにいるのかを、面白おかしく伝え、それは小坂教授にある意味「叩かれた当時」を思い出させた。次第に隠れていることに限界を感じ始め、小坂教授はトラウマを払拭すべく、マスコミの前に現れ、こう言い放った。
「私は人体実験を実行した」

 世間では脳手術、脳プチの素晴らしさを実感していたことと、その理論と、検証が小坂教授によってなされていたことは知られていたため、発言に対しての批判はあまり起こらなかった。
 ただ、人体実験に対し、何かしらの裁きがなされないことには、小坂教授の功績が正当に評価されないことも理解されていた。

「裁きを受けます」
 小坂教授は、自首し、そのまま逮捕。裁判では有罪になり、世間は動揺した。
 そして二ヶ月の服役の後、小坂教授が戻ってきたとき、世間はその計らいの事実に笑顔になり、手放しで迎えた。
「ただいま、皆さん。愛してます」
 小坂教授には、各企業からの誘いが相次ぐと同時に、今後の活躍が期待された。
 なぜなら小坂教授の服役場所は「離れ島刑務所」だったのだから。