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小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

ばあちゃんのタトゥー

 ばあちゃんの事は好きでも嫌いでもなかった。

  夏休みに神奈川のばあちゃんの家へ行った。
  両親は、荷物を置くと、早々に海へ行くのだと車で出かけた。私も来ないかって言われたけれど、「行かない」って言うと、それ以上強引に誘われなかった。
 だいたいにおいて、最近、両親は、私に手を焼いていることは感じている。そこに甘えている自分もいるので、腹が立つと同時に、どうしていいのか分からない。

 ばあちゃんは、一人暮らしをしている。離婚してから私の父を育て、大学から東京に出た父親は、そのまま都内の会社に就職。何度か一緒に暮らそうと言ったらしいが、「めんどくせぇ」と突っぱねた。
  父親は一応心配してか、ばあちゃんを見に季節ごと帰省する。
  私と母さんも付き合わされるのだけれど、嫌と言うより、自然と慣れてきた。ばあちゃんは、嬉しそうでもなく、嫌そうでもなく、だいたいにおいて「好きにしてろ」と言わんばかり、自分の時間を過ごしていた。

  私は、ばあちゃん家二階で、寝転がる。
  窓外に青空が広がり、遠くで微かに工事の音が聞こえた。
 カーテンが時折、風に揺れ、絵に描いたようだと私は思った。

  私は高校を辞めたいと思っていた。クラスの中の女子派閥は最悪で、どうしても好きになれない。なんとなく、気に障らないように過ごしていることに、たまにどうしようもなく屈辱が沸いた。
 ただうまくやり過ごしている。だけど、ここにいる奴、誰とももう会いたくない。

  少し近所を散歩しようと、一階へ降りると、ばあちゃんが洗濯物を干していた。シャツの腕をまくって、パンパンっと、皺を伸ばし、物干しに干している。
 ふと、目を凝らした。
 ばあちゃんの腕に、ハートに矢の刺さった絵が描かれている。
 へ? タトゥー?
  普段、ばあちゃんの腕なんか気にしたことなかった。だいたいにおいて、袖がある服を着ているだろうし、それほどマジマジとばあちゃんのことを観察してもいなかった。
 「ばあちゃん」
 「は? 出かけるんか?」
 「腕、それタトゥー?」
 「は?」
 ばあちゃんは、何のこと? みたいな表情を浮かべた後、言われたことに気付いたのか、まくっている袖と腕のタトゥーを眺めて「ああ」と言った。

 「いつ入れたの?」
 「なに、珍しいな、興味あるんか?」
 「いや、意外だなって思って」
 「そうか? あれだ、ずっと昔、世の中が景気が良くって、ばあちゃんがまだ若いとき入れた」
 「かっこいいじゃん」
 「かっこよくわないぞ。これ、最初の彼氏が不良で、なんか流れでいれただけだからな。二人揃って。結局別れたんだから先のことを考えられないってのは馬鹿だった証拠だ」
 「なにやなことあったの?」
 「あんたのじいちゃんとは、これが原因で付き合って、別れた」
 「なにそれ?」
 「まあ、じいちゃんにはナンパで出会ったんだけど、腕のタトゥーがセクシーだと馬鹿みたいに興奮して、アタックしてきたんだよ。まあいいかって、付き合い始めて、んで、お前の父さんが生まれて、結婚してって、まあそこまでは良いんだけど、誰だかが、あのタトゥーは昔の男とつけたって話したんだよな。したら、嫉妬。よく不機嫌になって、なんかあれば、アバズレってうるせぇンだ。で、別れた」
 「凄い略歴だね」
 「まあ、でもそんでお前がいるし、良いも悪いも色々だろ」

 ばあちゃんはよくいる感じの六十代のおばさん。
  少しサバサバした性格は、昔からのようだ。
  洗濯物を干すのを終え、籠を奥へと運ぶ。私は、その後ろをついていく。

 「ねえ、高校辞めていいかな」
  私はばあちゃんに、なんとなしに訊いていた。
 「さあな。ま、どっちにしても、良いも悪いも色々だ」
 そういうと、少し沈黙した後、
 「まあ、経験者から言わせてもらえば」
 「なに、ばあちゃん、中退してんの?」
 「ああ」
 「マジで?」
 「ちょっとめんどくさかった。働いても、安い雑用多いしな。夜学に入りなおしたけど、それもめんどくさかったし。でもまあ、いつだって深刻なわけじゃねぇ。だから、良いも悪いもだ」
 「ふーん」

  私は家を出て、歩いて海辺まで行った。
 そして、ちょっとばあちゃん好きかもって思った。
  海水浴をしている家族が沢山いて、その中から、両親を見つけた。荷物番している父に、「いいよ泳ぎに行って」と言うと、「マジで?」と嬉しそうに笑った。
  そして母へ駆け寄ると、浮き輪の奪い合いをしていた。
  母が私に気付き、「ありがとねー」と手を振った。
  私は「いえいえ、どういたしまして」と小さな声で呟いた。