奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ギャル

 僕はあなたを忘れていません。
 忘れたくても、いつも夢に出てくるのです。もう、いいだろうと思っていても、あなたは出てくるのです。
 だから、私はあなたを忘れていません。

 娘が年頃になり、恰好が真面目とは程遠い「ギャルファッション」になっていて、僕は背筋に寒気のようなものが走った。
 昨日まで、どちらかと言えば「普通」だった。いや、片鱗はあったのかもしれない。少し化粧したり、髪のセットに時間をかけたり、ファッション誌を寝転がりながら読んでいたり。少し大げさに笑うようになってきていたり、僕を避けるようになってきていたり。
 だから、髪の色が栗色になり、日焼けして、化粧が濃くなって、短パンと派手なシャツを着て、
「おかえり」
 と、食卓に座りボソッと言った時には、一瞬誰だか分からなかった。
 寒気が走ったのは、その娘の変貌ぶりにではなかった。
 思い出したからだ。
 あなたのことを。
 僕はまだ大学生で、どちらかと言えば真面目と分類される人間だった。モチベーションを高めて、どうにか、人生において大きなことを成し遂げたいのだと夢も持っていた。
 他人から見たらあまり面白そうな人生ではないのかもしれない。けど、その時期に勉強するかしないかで今後が変わるのだと自分に言い聞かせていた。
 そんな時だ。通学中の僕の目の前に一人のギャルが現れ、道を塞いだ。それがあなただった。
 僕はからまれるのかと警戒したが、日焼けして色黒のあなたは、比較的真面目な口調でこう言った。
「付き合ってください」
「へ?」
 僕は何かの冗談だろうと疑った。
「あの……」
「付き合ってください。真剣です」
「いや、でも、僕とあなたとは初対面だし……」
「ここ、いつも通るでしょ? で、気になって」
 僕はどうしたらいいのか分からなかった。
「いやならいいんです。私みたいのが声かけて、お兄さんみたいな真面目そうな人が嫌がるのも分かるし」
「あ、いや……」
 好意を持たれるということが、どういうものか分からなかったけれど、悪い気はしなかった。
 とりあえずアドレスならと、連絡先を交換した。
 その日の午後、携帯電話のメッセージが山のように溢れていた。ほとんどが単語だった。「なにしてます?」「会いたい」「空いてる時間知りたいです」とかそんな言葉がいっぱい。
 僕はこれに一通一通返事を書いたほうがいいのか迷っていたら、またメッセージが届いた。
「私嫌われてる?」
 展開が早い。僕はびっくりして、
「いえ、嫌っていないです」
 と慌てて返事を書いた。

 異世界交流。そんな気持ちにさせてくれた。
 僕とあなたは正式に「交際」を始めた。
 二人でファミレスに行って、ほとんど一人でしゃべり続けるあなたの話に耳を傾けた。
 映画に行ったり、買い物に行ったり、いわゆる「デート」というものを体験したのも初めてだった。
 行先はほとんどがあなたの好みで、ギャル系の店や、ホラー映画や、カラオケではメタル系の歌を叫んでいた。
 ずっと疑問だった。なぜ、僕に惚れたのか。
 あなたはとくに不満もなく、僕の横で自然に振る舞っていた。そしてなぜか楽しそうだった。動物のように素直な感情が見て取れた。あなたが嬉しそうなときは、きっと嬉しく、あなたが寂しそうなときは、きっと寂しいのだと分かった。だから、僕自身も特に余計な詮索をしなくなっていた。
 でも、明らかに勉強にとってはマイナスになっていた。
 このままでは、僕はなにも成し遂げることが出来ないかもしれないと怯えはじめた。
 それはあなたのせいではないけれど、僕なりに真剣に悩んでいた。そしてある日、あなたが友達に僕を紹介すると言い出した。
 僕は言われるがまま、ファミレスに向うと、あなたの他にギャルが三人、待ち受けていた。
「ちーす」とか「ども」とか、独特のノリで、僕はいきなり言葉を失った。
 どうすればいいのだろう。
 僕は相変わらず、ただ黙って、その場にいた。彼女たちは楽しそうに僕の分からない話を早口で続けていた。別に不満もないし、自分に話がふられないことは特に気にしていなかったのだけれど、あなたは突然立ち上がって、僕の手を取って「行こう」と言った。
 僕はよく分からなかったけど、あなたと一緒に、ファミレスを出た。
「どうしたの?」
 と、僕が聴くと、あなたは、
「分からなかったの? 馬鹿にされてたんだよ!」
「え、分からなかった」
 僕は本当に分からなかった。

「ねえ、私たち合わないのかなぁ……」
「僕は思うのだけれど、君たちはアドレナリンを求めすぎていて、少し中毒状態なのかもしれない」
「……」
「アドレナリンは、刺激があって、興奮して、気分も高まるけど、基本的にはストレス物質だからあまり求めすぎるのも危険かもしれないよ」
 率直な僕の感想だった。
 あなたは僕の言葉をポカンとした顔で聴いていて、
「……ごめん、なに言ってるか分からない」
 そう言って、あなたは泣いた。
 僕はあなたが泣いている意味が分からなかった。

 そして、次の日からあなたからの連絡が一切来なくなった。僕から連絡しても、メッセージは戻され、届くことはなく、電話も繋がらなくなった。
 いったいなにが起こったのか。
 もしかしたら、僕の率直な感想が、彼女にとって別れ話と思ったのかもしれないと過った。

 僕はその後、特に大きなことを成し遂げることもなく大学を卒業して、就職して、結婚した。
 その後の人生も、それなりに努力もしたし、悔いはないのだけれども、時々あなたのことを夢に見るのです。

 娘のギャル姿を見たときに、僕は何かしら、あなたに対しての気持ちを晴らすことが出来ないのだろうかと考えたのかもしれない。
「ちょっと、お父さん、何か言ってよ」
 と、妻が娘の格好について意見を求めた。
 娘は、挑発するように僕の前に立つと、
「何か?」
 と言った。

 僕は素直に、
「幸せですか? あなたは」
「……え? まぁ……」
「それなら良かった」
 今度はしっかりと、彼女にも伝わる言葉を探さないといけないと、僕は少しだけ緊張していた。