小説kinema

小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

灰色

 昨日のうちに雨は上がっていた。
 四月も後半になり、暖かい日も増えてきた。けど、今日は少し肌寒かった。
「選択肢は少ないほうがいい」
 先輩に言われ、その言葉が頭の中でこびりついて離れない。
 なぜだろう。その言葉について考えていると、余計なことばかり気になって、僕の中で「選択肢」が増えている気がする。そして何も選べなくなっている自分に気づき、落ちこむ。

 曇り空。風も強い。
「灰色……」
 雲が厚く、灰色。
 世界がその色に覆われている。
 たぶん、僕の今の気持ちがそう思わせている。
 灰色。

 海岸沿いに沢山の流木が打ち上げられていた。
 波はいつもより激しく、少し距離を置いていても怖い。
 流木、曇り空、少し強い風、強い波。
 僕の憂鬱。

 カラスがいつもより沢山飛んでいた。そして流木が打ち上げられている一角に、たかっていた。
 よく見ると、何かしらの動物の死体があり、それを沢山のカラスがつついている。それに気づき寒気がした。何の死体だろう。
 魚ではない。体中を茶色い毛が包んでいて、中型犬ぐらいの大きさ。僕の位置からは腹と足の部分しか見えなかった。
 波音。カラスの鳴き声。
 僕はその動物の死体が何なのか確認しようと少し近くへ寄ろうとしたが、沢山のカラスが低く飛んだり、鳴いたりと、まるで村を荒らしに来た隣村の鬼を退治するかのような勢いを僕に向けた。
 灰色の世界。
 死体があり、カラスが飛び交い、沢山のゴミが辺りに散らばっている。雲は厚く、灰色。

 何の動物だったのか。
 崖から海に落ちた鹿だったり、イノシシだったり、波に飲まれた迷い犬かもしれない。
 見たくないもの。内臓が出ていたり、骨が見えていたりしたら嫌だなと思った。少しだけ近づこうかと思いながらも、足はピクリとも動かず、前に進むことを拒んだ。

「選択肢は少ないほうがいい」
 僕は海を後にして、そのことについてまた考えていた。
 この出来事を機に、海に行くことを僕は選択肢から外すだろうか?
 さっき、目の前に広がっていた光景は、子供の頃漫画やアニメで見た水木しげるの描く「地獄」のようだった。
 毎日あんな世界だったら、勿論もう行かない。
 けど、僕はとても穏やかで、青く綺麗な海のことも知っている。
 海には行く。
 けど、「灰色」の日には行かない。

 僕は部屋に戻ると、インターネットで町役場の連絡先を調べた。
 動物、死体、電話番号。
「海岸に動物の死体があって、沢山のカラスがつついてるんですが、対応していただけますか?」
「場所さえ分かれば回収しますよ」
 僕は、動物の死体を見た場所を説明した。
 電話を切った後、少しほっとした。対応してくれるんだ。
 そして、動物の死体を回収する仕事について考えた。
 道路や、建物の影などに猫の死体があって連絡を受けてそれを回収する仕事。さっき見た、海の光景を思い浮かべ、職員の人もしくは下請けの作業員が皮を引き千切られ、肉や骨がむき出しになった死体をカラスに威嚇されながら回収する姿を想像した。
 申し訳ない気持ちになるとともに、そんなことを考えてもしょうがないとも思った。死体はスーパーの食肉売り場にも沢山並んでいて、勿論、それら商品にも命を奪い、加工する仕事があるわけで、どんな気持ちだろうとか、嫌になることはないのかとか考えたって、やはりしょうがない。
「選択肢は少ないほうがいい」
 そう。きっと。
 そんなことを気にしながら肉を食べたり、料理の前でプロポーズをしたりなんか出来ない。勿論、彼女だって、
「動物の死体の前で何言ってるの」
 何て言ったりしない。

 何も考えないなんてことは出来ない。だけど、何か一つのことに対し、集中して考えることは出来るかもしれない。
 例えば「彼女を幸せにするには」とか。

 数日後、天気のいい日に海岸へ行ってみると、動物の死体は無くなっていた。それはやはり感謝すべきことだった。
 青空。青い海。「青い」日。
 僕はしばらくすると、そこに動物の死体があったことなんか忘れて、缶チューハイを飲みながら海を眺めた。
 そして、こんな日に彼女を海へ誘いたいと考えていた。