奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

いじめてた

 山ちゃんの家は貧乏だった。
 まだ僕が幼い頃、山ちゃんと遊んだ記憶がある。
  遊んだというか、正確に言えば「いじめていた」のかもしれない。

  小学生に入る前。僕は五歳ぐらいだったのかな。
  山ちゃんは一つ下だったのか、年下で、あまりきれいとは言えない長屋に住んでいた。たぶん借家。
 「さて、そろそろ本番と行きますか」
 そんなこといって、悪を倒しに行くヒーローごっこみたいなのをしていた。
  僕がもっとも思い出す山ちゃんの記憶。
 それは、「悪」に見立てられた山ちゃんが、本番と行きますかと言っている僕の前で、
 「もう、やめてょー」
 と、大泣きしている顔。

 たぶん僕は、山ちゃんを殴ったりとか、蹴ったりとかそういったことはしていなかった。素振りをして、反応を見て、楽しんでいた。
  嫌な奴。そんな小さな頃の記憶、とくに山ちゃんのことを思い出すと、僕は気が滅入る。僕自身の本性はあそこにあるのかもしれないと思うと、悲しくなる。

  山ちゃんには妹がいて、いつもニコニコして、山ちゃんの後ろをついてきていた。
 どういう流れだったか、敵と味方に分かれて、戦争ごっこみたいなことをしていて、で、敵側だった山ちゃんの妹に、僕は石を投げて、頭に怪我をさせてしまった。
  僕も小さかったし、何が起きているのか分からなかったけど、山ちゃんの妹が凄く泣いた。
  山ちゃんと僕とで、山ちゃんちのおばちゃんに教えに行って、おばちゃんが慌てて、病院に連れて行った。
  僕は、なにかとんでもないことをしてしまった気分だけが残って、けど、その痛みが分からず、
 「だって、あっちが敵だったし」
 と、思っていた記憶がある。そういう記憶が、僕を苦しめる。僕は何かしら、いつも勘違いしている気にさせる。
 あの時、山ちゃんの妹は、戦争ごっこをやっている自覚が無かったのかもしれない。ただ、僕がいたからニコニコ寄っていったら石を投げられたのだ。

 その後、山ちゃんの家にお母さんと菓子折りのようなものを持って謝りに行った記憶がある。
  山ちゃんの妹は相変わらずニコニコしていたけれど、頭に包帯が巻かれていて、それを見て、僕は「悪いことをしたんだ」と自覚した。そして、異様に怖くなった。僕が間違っていたんだと。
  山ちゃんの家に謝りにいった時、山ちゃんのおばちゃんは、濃いめの化粧と、ヒラヒラの少し派手なワンピースを着ていた。
  今にして思えば、たぶん、スナックかどこかで働いていたんだと思う。お父さんは見たことなかった。母子家庭。

  山ちゃんとは学年が違うので、小学生になってから一緒に遊ぶようなことは無かった。ただ、何度か見かけただけ。
  僕は、その後、誰かをいじめるようなことはしなかったけれど、たぶん、その時の記憶が影響していたのだと思う。
  調子に乗ることが怖かった。

  山ちゃんが住んでいた、あの長屋はいつの間にか無くなっていて、どこかへ引っ越したのかもしれない。
  僕は、罪悪感を抱えながら、それをどう処理していいのかいまだに戸惑っている。いまだに。

 もう、随分時間は流れた。

 その後の人生を思い起こせば、精神的な部分で、僕が「悪」で、山ちゃんち家族が「ヒーロー」だった。僕の悪い部分を、山ちゃんち家族との記憶がいつも抑えてくれていたんだ。

 きっと、山ちゃんは大人になって、偶然会っても分からないだろう。
 あの一家が、幸せだといいなと思う。