小説kinema

小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

地方の記念館。

この前、住民票を市役所に取りに行ったら、市役所の横の図書館の二階が映画監督、熊井啓の記念館になってた。
今まで携わった映画の脚本や、賞をもらったトロフィーやら色々なものが、それほど大きくは無いスペースに展示。



ポカンと眺める。しっかりとっておいてあったんだなーと、そんなことに関心。
助監督時代の脚本の裏に書かれている言葉や、



監督時代のカット割りが丁寧に書き込まれた脚本。



ベルリン映画祭の銀熊賞のトロフィー、ヴェネチア映画祭の銀獅子賞のトロフィー。




最近、部屋中のものを捨てまくっている僕は、なんとなくジーンとしたのです。生きている間に、これらのものが必要だったのか? 死んだ後の為に、これらのものを資料として、生きた証として残していたのか?



どっちだろう。いや、どっちでもないのかもしれないけれど。
熊井監督は凄い監督だけれど、この安曇野市にある図書館の二階の小さなスペースに、ヴェネチアやベルリンのトロフィーが、ポツンと展示してあること。

なにかの物語みたいな。
「悪くないじゃん」って。

でも、よく思うのが映画なり、小説なり、漫画なり、ゲームなり、それらの文化的な「殿堂」みたいなものを一つ、大きな施設にまとめてくれないかなーって。旅行に行ったときに、地元出身の画家や、作家の記念館があったりするけど、あまりピンとこないので。
だから、まず、「殿堂」に入ることが許される偉人として、その人の功績が分かりやすく広がる、ステータスが出来やしないかと。
黒澤明の記念館もないんだもんなー。
この前巡業してた特撮博物館みたいに、ゴジラの着ぐるみや、特撮のセットとか、あれ良かったな。
小説家のスペースには漱石の生原稿とか、漫画家のスペースに手塚治虫のベレー帽だとか。
いや、著作権とか、色々あるのかな。
やろうと思えばできるんだろうけど、採算取れるかどうかを考えると、微妙なのかな? というか、色々なことをまとめるのが面倒だろうな。ハウステンボスの中とかに作ってくれたらいいのに。広いから。
でも、熊井監督にしろ、その他、数々の日本人監督の功績が、それほど注目されることなく、時代が流れて行くっていうのは寂しいなー。
へー、誰それって。流れて行っちゃう。
いや、DVDがあるだけ、何を残したかは確認されるからまだ良いのかな。
というか、情報だけならネットでサイトを作って、地方の記念館へリンクを貼れば済むのかな。むむむ。
いや、実際感が欲しいよな。ガラスケースの前の手塚治虫のベレー帽と生原稿を眺める少年が、「僕が手塚治虫を超えるんだ」とフツフツと、自分と静かに約束している。そんな姿が可愛らしい。

でも、熊井監督の世界三大映画祭のうち二つもの映画賞のトロフィーが地方にある図書館の二階にひっそりと展示してあるって物語も嫌いじゃないな。

とか思いつつ、僕自身は葬式もお墓もなしで、生きた資料的なものはUSB一つに収まる程度の感じがいいと考えていたり。
それもどっかへいって無くなっちゃうような。
いろいろ散らかしたけど、何も残さないで消えちゃった。
そんな物語。散らかったものを楽しんでもらえるように。
って、またなんの話なんだろ。

明日から、また移動。ドキドキ。