小説kinema

小説だったり、映画だったりの作業スペース。散らかってます。

五年ぶりの新作映画。




嫁と二人で長野の山に引き籠って創作生活。
しばらく人に接しないんだと、そんな気持ちの日々。
しかしまー、親戚ぐらいには会いに行くかと、実家の集まりへ行った数か月前。
甥っ子が結婚式をすると、へーと喜んでたら、結婚式のビデオ撮影を頼まれた。

なんだか断れない雰囲気になり、むむむ。
誰にも邪魔はされないようにとの日々に、まさかそんな抜け穴が。
結婚式のビデオが、どんだけ大変なのかは想像するだけでもわかる。
ただ、撮ってたらいいと言われたって、そういうわけにはいかない。
というか、「それが嫌」だから困るのだ。

さて、どうしたもんかと、ネット上の結婚式と披露宴のビデオを沢山眺め、見れば見るほど「これは嫌」が増えていく。
派手で明るい音楽をかけ、スローやオーバーラップを多用し、英語の文字で祝福。おめでとうの嵐。
……ダメだ。苦手な世界。

そんなことを考えたら、書いている小説がなかなか進まない。
それに対して、イライラ。
当日は何が起こるか分からない。その中で成立させるにはどうしたらいいのか?
数か月間、緊張が怒りになるぐらい落ち込んだ後、開き直る。
知らない。僕は技術者じゃないのだ。映画をやってきたのさ。
だから、映画を撮るっ!

という事で、体制を考えた。
メインカメラを僕と嫁が撮影。三脚を使用しつつの、出来るだけ安定した画。
そして、新郎側、新婦側の親族、それぞれに一台ずつカメラを渡し、好きに回してもらう。
そして、状況の全体を捉えるように意識すること。
新郎新婦というより「結婚式」全体を撮影すること。
顔にはニキビができ、睡眠不足。こうすれば失敗は無いと、いくつかの編集時の妥協案も考え、当日。
怒涛のごとく過ぎる時間に、必死に食い下がり撮影。
四人合わせて、八十分テープ八本。そこに何が映っていたのかを何度も眺め、
呪縛を振り払うように、寝る間を惜しんで編集し、これが終われば小説をかけるぞと、自分のケツを叩き、最終的には、新郎の父親を主軸にした家族のドキュメント映画に仕上げました。
一般公開されない、親戚ぐらいしか見ない五年ぶりの新作映画。「2015 12 5」。

まあいいさ。終われば。

結婚式ビデオはこれ一本だけにしよう。
小説を書こう。しばらく人に会わないぞ。

次いってみようー。