奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

整理の仕方

 頭の中が騒がしくて、なにも集中できなかった。
  例えばそれは、散らかりすぎた部屋の中のようで、どこから手を付けていいのか考えているうちに、結局、どこも片付けることがせず、タダ時間が流れていくような感じ。

 インターホンが鳴った。
  僕の部屋へ訪ねてくる人など誰もいないと思っていののだけれど、いったい誰なんだと声を潜めていると、
 「中山さん。市役所のものです。今日は耳寄りな話をお持ちしました」
 と、ドアの外で明るい女性の声が聞こえた。
  市役所? 耳寄りな話? 女性?
  僕は、多少疑ってはいたが、ドアの鍵を開け、隙間からそっと顔を出した。
 「なにか?」
 そこには、膝丈までのスカート、紺のスーツ姿の女性が立っていた。髪の毛にはカールがかかっていて、口元が少し微笑んでいて、目元が色っぽかった。
 「はい、今日は折り入って相談させていただきたいことがございまして伺わせていただきました」
 「相談……ですか?」
 「はい、とても耳寄りなお話です。中に入れていただけますでしょうか?」
  部屋の中はぎっしりとゴミが散乱していた。この中へ入れるのは恥ずかしい。それに、市役所から来たというこの女性は多少なりとも綺麗で、タイプでもある。
 「あの、部屋は散らかってまして」
 「それは承知しております。それを確認するために抜き打ちで伺わせていただいたようなものです」
 どういうことだろ? 僕は、そこで思考をめぐらせようとするほど、健康な気力は持ち合わせていなかった。汚くていいと言っていると、それなら別にいいやと、彼女を部屋の中へ入れた。
  彼女は僕の六畳一間の部屋の中を見回すと、静かに頷いた。
 「すみません、本当に散らかっていまして」
 「はい、とても散らかっていますね。失礼ですが、その後お仕事の方は?」
 「無職です」
 「中山さんは失業保険の給付が終わって、半年過ぎていますがその後、就職せずに過ごしているということでよろしいですね。失礼ですが、生活費の方はどのようにして」
 「とりあえず、貯金を切り崩しながら生活しています。そろそろなにかしら仕事を探さないといけないことは分かっているのですが、なかなか……」
  市役所の女性は、ゴミだらけの僕の部屋に、申し訳程度に乗せられた座布団の上に正座をしていた。
  鞄からファイルを取り出し、そこのチェック項目を確認するようにしばらく眺めた。
 「あの、それで、耳寄りな話というのは……」
 「あ、申し遅れました。私こういうものでして」
  彼女はそういうと、名刺を取り出し僕へ差し出した。
 そこには『特別確認仕分け課 柊木文香』と書かれていた。
 「特別確認仕分け課? ですか」
 「はい、私は国が特別に市へと依頼した、国全体の進める計画のリサーチ及び、仕分け目安作成を行っています。今回、抜き打ちで中山さんへお訪ねしたのは、国が進めるある計画の一端を体験していただけないかということでお伺いしました」
  意味が分からない。
 「あの、それで僕はなにをやればいいのですか?」
 「簡単に申しますと、働かないでいただきたいのです」
 「働かない……ですか?」
 「はい。と申しますのは、現在この国は、沢山の失業者及び生活保護を受け取っている人たちで溢れています。それは裏を返しますと、この国はそれだけ働かなくても生活していける人たちがいるというわけです。仕事がないというのも、人手を必要としていないということです。つまり、昔、人間がやっていた作業は機械やコンピューターがかなりの割合で補うことが出来、それでいて利益を出すことが可能となっています。経費の割合で一番かかるのが人件費ですから、人手が余っていくのは当然の流れです」
 「はあ……」
 「そしてこれから年金受給者が増えてきます。少子化ですから当然バランスが崩れていきます。つまり、人手があまり、生活保護を受給する人と、年金を受給する人の割合が多くなっていくことを表しています」
 「はあ……」
 なにやら難しいことを言っているようだけれども、僕としては自分のこの汚い部屋に、こうして女性がいて、女性の匂いがすることに興奮していた。
 「中山さんにお願いしたいのは、年金の放棄及び、生活保護申請の放棄です。その代り、特別に、住居代及び食費の支給をいたします」
 「あの、それってどっちが得なんですかね?」
 「支給額に関しては、基本八万円です。しかし、それらの用途は管理されることになりますので、市から発行される電子カードを使用していただくことになります。パチンコや風俗店などの一部娯楽施設の出入りは制限されます。その代り、中山さんはこの市もしくは姉妹都市に住んでいる限り、食と住が途切れることはございません」
  良い話のような、悪い話のような。なにか裏があるような気もする。
 「例えば、途中で嫌になってしまった場合はどうなるのですか?」
 「その場合、年金額及び生活保護費が一律八万円ということになります」
 つまり、今から一生、定額の給付を受けるか、もしくは年金及び生活保護の権利を持っておくか選べって話なんだなと理解した。生活保護の申請がありそうな人物を特定し、先手を打って支給額を減らそうということなんだろう。その後の年金までも見越して。
 「あの、それで、僕はなぜ働いてはいけないのでしょうか?」
 「これはあくまでリサーチ段階です。中山さんが働いていけない期間は二年です。その後は好きに働いていただいても結構です。まず、一定の金額で生活していただくことにリサーチの意味があります」
 「はあ」
 「もし、了承していただいた場合、毎月私が、アンケートに伺わせていただくことになります」
 「ん?」
  毎月、柊木さんがここへ来る……。
 「分かりました。お引き受けいたします」
  受けてしまった。まあ、いい。貯金もあるし、働かなくていいなら安心だ。それに毎月柊木さんに会える。

 それから僕は、大手を振って働かなかった。特にやることもなかったので、手つかずでいた部屋の整理を始めた。せめて毎月来る柊木さんに、少しでも気に入ってもらいたい。そんな思いで。

 「部屋が随分と綺麗になりましたね」
 「ええ。どうですか、居心地は」
 「私、綺麗好きな人好きですよ」

  柊木さんは毎月、簡単なアンケートをとって帰っていく。気分はどうだとか、彼女は出来たのかとか、なにを食べているのだとかそんなことだ。
  八か月が過ぎ、僕の楽しみは柊木さんに会うことだけになって来た。節約しながらの暮らしでは、それほど遊んでられるわけでもなく、ひたすら柊木さんが部屋にやってくることを楽しみに待ち続けた。気持ちは高ぶり、告白しそうに何度かなるが、そのたびに、こんなギリギリの生活をしていてはきっと断られるだろうと勇気が出なかった。
  一年半後。
  僕は柊木さんに告白すべく、気持ちを固めた。
 「付き合ってください」
  柊木さんは特に驚いた様子もなく、チェック項目に印をつけた。
 「あの、中山さんは働く気は起きましたか?」
 「はい、柊木さんと色々なところへ行く場合、きっとこのままだといけないと思いまして……」
 「はあ」
  柊木さんはなにやら書き込むと、僕の告白には答えず、静かに部屋を出ていった。そして、その後、柊木さんが僕の部屋へアンケートを取りに来ることはなかった。

  三か月後、政府から給付金支給に関するリサーチが発表された。
  一定額の給付を実施した場合、国民の約八割がまた働きたいとの結果。それに伴い、引き籠りの部屋の掃除率は七割、恋愛に興味を持つ割合が九割。うち、告白までかかる時間が約一年半と判明したとのこと……。

  僕は平均的なようだ。

  柊木さんはきっと、僕が告白することも分かっていたのだろう。僕は整理された部屋を見回し、散らかってしまった気持ちの整理を求めて、求人情報に目を向けた。