奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

長編小説「ルチェルナのこと」

ルチェルナのこと 第十八章・その②【最終回】

それは夢の中で見たときよりも美しく、そして生命の伊吹のような風が感じられた。実際感。自然が作り出した圧倒的な異空間。 「お前が捜しているのはこれのことだろ?」 小人は一つの水溜りを指さした。僕は小人に近づき、その水溜りを覗き込んだ。そこに映…

ルチェルナのこと 第十八章・その①

十八 その僕は、壁にもたれ掛るように座っていた。服は着ていない。全裸だった。実際、現実世界では考えられないことが目の前で起きていることは理解していた。だが、それと同時に心の片隅で安堵し、「非現実世界」を受け入れていた。 まだ夢の先に繋がって…

ルチェルナのこと 第十七章・その②

洞窟の中は真っ暗闇だった。 小人と来たときに比べ、明るさもなければ幻想的でもなく、そこにあるのは紛れもなく現実的な洞窟だった。外よりヒンヤリとしている。足場はあまりよくない。歩くたびにガシャリと岩と砂利が擦れる音がした。 僕は闇の中に手を伸…

ルチェルナのこと 第十七章・その①

十七 鹿に誘導されている。 月明かりの中、鹿に誘導され歩いている。ゆっくりと歩く鹿について行きながら、僕はやはり自分の身になにが起きているのかを理解できずにいた。とりあえず目前のことを受け入れること。そんな漠然とした直感だけが僕を支えていた…

ルチェルナのこと 第十六章

十六 それは静寂の中、僕は瑞希の寝息に耳を澄ませ、暗闇が月明かりに染められ、青白く辺りを照らし始めた頃のことだった。 「よう、調子はどうだい?」 声がした。あの小人が小人獲りの僕に話しかけるような感じで。 僕は、ガバッと体を起こし、辺りを見回…

ルチェルナのこと 第十五章・その③

「約束だから。でも、こうやって無事に瑞希ちゃんと並んで座っていることがなんだか信じられない」 「ありがとう……本当に怖かったの。まだ今でも」 そう言うと瑞希は掌の震えを逃がすように両手をこすり合わせた。 「ねえ、いったいなにを見たの?」 「え?…

ルチェルナのこと 第十五章・その②

自分はなにをしているのか分からず混乱した。現実に誰かを救い出すことなんてあるとは思わなかった。平静を装おう。目立ってはいけない。ただ、瑞希を捜すんだ。瑞希に一応電話をしてみたが、留守電だった。携帯を取り上げられているか、電源を切らされてい…

ルチェルナのこと 第十五章・その①

十五 まず海老名だ。 それで見つけられないのなら静岡だ。最悪クリエイティブメゾンを調べれば、セミナーの合宿場所ぐらい書かれているはずだ。とにかく、なにかしらの手はあるはず、向かう。それが約束、瑞希との約束。「必ず助けに行くよ」 高速道路の入り…

ルチェルナのこと 第十四章・その②

勤務時間が近づき、明日の予定を変更しないといけないと思うと少し憂鬱になった。 いつものように朝礼があり、品出しの時間になって店長に声をかけた。 「実はこの前面接に行った会社から連絡がありまして」 「お、就職決まった?」 そう言われて、素直に「…

ルチェルナのこと 第十四章・その①

十四 青野さんと別れたあと、僕はすぐに瑞希へ電話した。 瑞希の電話は留守電で、僕は「すぐに伝えたいことがあるので、電話をください」とメッセージを入れて電話を切った。 しかし、その日、瑞希からの電話はなかった。 僕は、落ち着かない気持ちをどう処…

ルチェルナのこと 第十三章・その②

「へー、なるほど、なるほど」 青野さんは真剣な顔をして二、三度頷き、アイスコーヒーを口にした。 「僕も青野さん、職安で見かけたとき、違和感あったんです」 「私が? どんなです?」 「なんていうか、楽しそう。青野さん楽しそうですよね職安でも」 「…

ルチェルナのこと 第十三章・その①

十三 九月も中盤を過ぎ、比較的涼しい日が増えてきた。 あれからしばらく変わり映えのない日々を過ごした。小人の夢も見なかったし、採用通知もなかった。瑞希はたまにホームセンターへやって来ては野菜について話していった。 少し変化が現れたのは、職安に…

ルチェルナのこと 第十二章・その②

「野菜のことは喜んでいたわ。だけど、今度説明会行くって話したでしょ栗田君にも。あの話をしたら、なにか怪しいってね。凄く険悪になったの」 「どういうこと?」 「私はね、その説明会に誘ってくれた人と会ってるの。凄く良い人よ。親切で明るくて、とて…

ルチェルナのこと 第十二章・その①

十二 小人の夢を見たあとに、瑞希のことが気になった。 簡単に言えば「胸騒ぎ」のようなものが僕の中に留まっていた。頭の周りを飛び回る蚊のように、なんとなく気を散らし、僕を少しイラつかせた。 面接から数日たった月末に父さんから電話があった。 父さ…

ルチェルナのこと 第十一章

十一 辺りは暗闇だったが、自然と周りを見渡せた。そこは森の中で、僕は洞窟の前で待たされていた。 この前小人の案内された洞窟。僕はどうやら小人に呼び出されて、またここにいるらしい。 サワサワサワと、遠くから葉が揺れる音が近づき、頬を撫でるような…

ルチェルナのこと 第十章・その③

駅から歩き、少し足取りが重くなる。 面接を受ける会社は駅から歩いて五分ほどのマンションの一室だった。 約束の時間まで二十分以上あったので、僕はマンションの場所を確認し、そこのポストにしっかりと会社名があることを確認したあと、しばらく近所を歩…

ルチェルナのこと 第十章・その②

面接の時間が近づいたので、僕は瑞希と部屋を出て駅まで歩いた。 部屋を出る前に僕がネクタイを締めると「大人じゃん」と瑞希が言った。 「でも、なんで布を首からぶら下げるのかしらね」 そう言われればそうだなと僕も思った。 「考えると変だよね。ネクタ…

ルチェルナのこと 第十章・その①

十 大量のジャガイモをどう料理するか考えていたら、電話が鳴った。瑞希かなと思ったら知らない番号からで、出ると職安からの電話だった。条件に合いそうな職場があるのだけれど、面接に行ってみないかとの連絡だった。 とくに用事もなかったし、行くことに…

ルチェルナのこと 第九章・その②

約束の時間近くに荻窪に到着した。荻窪はずいぶんと人の行き来が多かった。 改札でポカンと人混みを眺め待っていると、サンダル姿の父さんが歩いてきた。どこで売ってるのか分からない柄のセーターに、とても安く見える土色のズボンをはいていた。田舎では特…

ルチェルナのこと 第九章・その①

九 朝の八時半に目覚めたときには、母さんはすでに食事の支度を済ませていた。朝食は味噌汁とご飯、生卵と、焼き魚。 ちなみに昨日の夜はカレーだったんだけど、その周りには唐揚げと、コロッケと、グラタンに、サラダが並んでいた。「カツもいる?」と聞か…

ルチェルナのこと 第八章・その②

僕とスギヨシは店を出て、スギヨシの車でドライブに出ることにした。駐車場へ向かう道のり、並んで歩くスギヨシは中学の頃よりガタイも大きく、背も伸びていることに気付いた。僕がそのことを指摘しようと思っているときに、スギヨシが「栗ちゃん背伸びた?…

ルチェルナのこと 第八章・その①

八 小人の夢は僕が目が覚めたあとも現実感を漂わせていた。 スギヨシの連絡先がどこかに書いてあったと思ったのだけれども携帯の電話帳にも、手帳にも、押し入れの中の私物からも見つからなかった。 卒業アルバムの後ろには、個人情報は書かれておらず、あの…

ルチェルナのこと 第七章

七 夢の中の記憶とは不思議なもので、僕はまた森の前で股間に布を巻いただけのふんどし姿で虫取り網を持ち立たされていると分かると、「ああ、そうか」と、その世界にいることを受け入れていた。 そして月がてっぺんに登る頃、また小人が現れた。 「どうだい…

ルチェルナのこと 第六章・その②

食事を終えて僕は昔使っていた二階の部屋へ行った。部屋の中は整理され、机と椅子、空っぽの本棚に畳の上には母が敷いてくれた布団。 部屋は整理されてはいるが所々に昔の僕の残骸のようなものが転がっている。昔ポスターが貼ってあった壁の周りに日焼け跡が…

ルチェルナのこと 第六章・その①

六 父さんの声には特に深刻な様子もなく、どちらかと言えばあっけらかんとしていて、なぜか少し被害者意識が滲んでいた。 「お前今、忙しいの?」 「え、父さん? ちょっ、ちょっと今、どこにいるの?」 「いや、お前の家に来たんだけどさ。お前はどこにいる…

ルチェルナのこと 第五章・その②

数枚のシャツとパンツをショルダーバックへ押し込み、部屋を出た。 京王線に乗り、新宿まで出て、特急に乗り換えて松本まで行く。 夕刻の京王線は、上りに関しては比較的余裕もあり、すぐに座ることができた。 実家の長野に辿り着くまで、およそ三時間。 特…

ルチェルナのこと 第五章・その①

五 行方不明? しばらく言葉の意味が分からなかった。 父さんが行方不明? どういうこと? いくらかの混乱のあと、母さんへ状況を聞くことをやっとのことで思いつき、電話をかけた。 「もしもしっ!」 母さんの声は明らかに動揺していた。すぐに電話に出て、…

ルチェルナのこと 第四章・その②

その日の夜、突然瑞希が部屋に訪ねてきた。会うのはあの花火大会以来だった。 ノックの後、「瑞希だよ」と声がして、慌ててドアを開けた。瑞希がいる。僕は息をのみ、静かに興奮した。目の前にいる。唐突に、実際に、紛れもなく瑞希がいる。 「久しぶり。元…

ルチェルナのこと 第四章・その①

四 花火大会から一ヶ月が過ぎても、瑞希は僕の前に現れなかった。 その間に二度ほど瑞希の携帯に連絡を入れてみたのだけど、いずれも留守番電話になった。瑞希に会っていないと、誰にも名前を呼ばれていないような気がする。僕は瑞希によって辛うじて僕の存…

ルチェルナのこと 第三章・その②

バイトはいつも簡単な朝礼の後、品出しをしている途中で、開店時間になる。レジ班が自分に回ってくるまで、この品出し作業と、在庫確認、発注作業が続く。 品出しは、コーナーごとに充填する商品がケースに入れられていて、それらを黙々と陳列棚に並べていく…