奥田庵

小説だったり、映画だったり。犬だったり。

ルチェルナのこと 第十章・その③

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駅から歩き、少し足取りが重くなる。

面接を受ける会社は駅から歩いて五分ほどのマンションの一室だった。

約束の時間まで二十分以上あったので、僕はマンションの場所を確認し、そこのポストにしっかりと会社名があることを確認したあと、しばらく近所を歩いて時間を潰した。なんでもない道を歩き、どこかの垣根に腰かけたり、自動販売機で栄養ドリンクを買って飲んだりして時間を潰した。その間、何度か帰りたい衝動に駆られたり、もしかしたらここら辺に通うかもしれないんだと考えたり、気持ちは落ち着かなかった。

瑞希の笑顔が頭をよぎった。

そして、また思う。僕はこのままでいいのに。

 

面接時間の五分前に会社があるマンションへ戻る。

エントランスはオートロックになっていて、部屋番号を押してインターホンを押す。少しの間を置いて「はい」と低い男性の声がした。

「すみません、本日面接をしていただく栗田というものですが」

とくに返答もなくエントランスの自動ドアが開く。

緊張感が走る。歩いている姿もどこかに設置してある防犯カメラでとらえられ監視されているような気分になる。自動ドアの奥へ進み、エレベーターで六階へ。スーツを着ている自分、ルールがありそうな場所、このままでいいと思っている自分、なんだか色々後ろ向きな気持ちが頭を駆け巡る。

扉の前に着く。表札に会社名が書かれている。インターホンを押す。

ほんの少しの間が、とても長く感じる。

すると、ドアが開いて四十代半ばぐらいの男が顔を出した。

男はチラリと僕の顔を一瞥した後、興味を失ったように目線を下げ、

「はい、どうぞ」と招き入れた。

「すみません。失礼します」

入ってすぐに何人かで会議ができるほどの机があり、その周りを椅子が六脚並んでいる。

「じゃ、ここに座って待っててください」

「はい」 

僕は椅子に座り、鞄から履歴書を取り出して机の上に置いた。

部屋の中は両耳を両手で軽く塞がれたように静まり返っていた。どの窓も開いていないのだなと思った。座った場所から隣の部屋が見て取れた。

隣の部屋が仕事部屋になっているらしく、向かい合うように手前に二席、その奥に窓を背にして正面を向いて一席、パソコンと電話が置かれ、書類が重ねられていた。誰もいない。

四十代半ばの男はお茶を入れて、僕の前に差し出しててくれた。

「ありがとうございます」

「面接って嫌でしょ? 品定めされてるような気分でさ」

「あ、いや」

「まあ、世間話でもすると思ってさ」

「はい。ありがとうございます」

男は僕の前に座ると「五十嵐です。よろしくお願いします」と言った。彼が僕の面接を担当するみたいだ。五十嵐さんはワイシャツを着てはいたが、ネクタイはしておらず、上から三つボタンをはずしていた。体格は細身で、身長は割と高め、髪の毛に白髪が多く混じっていて毛量が多かった。目の前に対峙したとき、なぜか目を合わせてくれず、口はへの字に曲がっていた。その表情からはなにを考えているのか全く分からなかった。

「それでは、履歴書を」

僕は「よろしくお願いします」と履歴書を差し出すと、五十嵐さんはしばらく履歴書を眺め、「ふむ」と声を漏らし、机の上に置いた。

「あれだね、栗田さんは別にこの仕事が物凄くやりたいってわけではないんでしょ?」

「あ、いや、仕事内容に関してはこれから覚えさせていただくことになると思います。僕は今までアルバイトしかしたことがないので、経験を積み重ねてお役に立てたらと考えています」

「栗田さんは若いから。ここね、色々な年齢の人がくるんですよ面接に。僕ね、週に一回か二回面接してるんだよね。わざわざ職安に問い合わせてさ、誰か特別な人と出会えるかもしれないってね」

「はい」

「事務仕事です。書類整理したり、電話対応したり、あとは先輩とまわって営業行ったりね。まあ、地味な仕事です。それにやりがいを見出すかはたぶん本人次第だと思うんです」

「はい」

「僕はね、自分が有能だとは思えないんです。人望もあると思えない。そう言った僕が上司になります。あのね、たまたま会社が成立しているからね、この立場にいるんだけれども、この会社もギリギリでやっています。僕自身なにが面白いのかよくわからない。惰性だね」

五十嵐さんは僕に質問するわけでもなく、自分の気持ちを話し始めた。

「結構辞めていくんです。僕を罵る人もいます。上司のあなたがそんなんでいいんですかって。でもね、上司だから有能ってわけじゃない。僕なりに努力してはいるけれど、間違いもあるし、絶対じゃない。ねえ、栗田君はどう思う?」

「と、申しますと?」

「僕も悪いけれど、一概にそうとは言えないと思わない?」

「ええ、まあ」

「責任転嫁だよね。お互い様だけどさ。この会社始めたのも、もうちょっと自分が自由になれるんじゃないかと思って始めたんだよ。起業ブームでさ。誰にも束縛されないで、自分の良いようにさ仕事進めたいって。しかしまー、下請け仕事だから買いたたかれたり、安い仕事に徹夜したりね。最初のうちは燃えてたけどね。いつまでもこんなつらいわけがないって。我慢を重ねたらきっと報われるって。でも報われんねー。いつまでたっても苦しいんだよね」

「……」

「……そんな会社です」

「はあ」

「なにか質問はありますか?」

「あの、従業員の方は何名ほどいらっしゃるのですか?」

「最近二人辞めまして、僕入れてもう一人です。辞めた原因は給料の割に拘束させすぎだと。で、そのもう一人の彼は今営業で外に出ています。あと女の子を一人入れたら僕も楽しくなるかなーって思うんですけど、僕がまだこんななんで、もうちょっと自信がついたら募集してみたいと思っています。女の子に罵られるのは立ち直れなさそうだから」

そう言って五十嵐さんは笑った。その笑い方には少しだけ卑猥さが混ざっていた。

「はあ」

五十嵐さんは、少し居心地悪そうに鼻の頭をかくと、首を捻り、突然立ち上がった。そして、キッチンがあるスペースへ行き、小皿に柿の種を入れて戻って来た。

「まあ、食べようか」

「あ、ありがとうございます」

僕は五十嵐さんが柿の種を食べ始めたのを確認して、僕も手を伸ばし食べた。

しばらく二人で無言で柿の種を食べ続けた。食べながら沈黙が続き、これはこれでなにか試されているのかと余計な詮索が頭をよぎり、質問した方が良いのか、世間話でもすればいいのか、戸惑っていると、小皿の柿の種が終わった。

「ごちそうさまです」

と、僕が言うと五十嵐さんはチラリと僕を見て、軽く二度ほど頷いた。

「それでは、結果は追って連絡しますので」

「あ、はい。ありがとうございました」

僕は席を立ち、お辞儀をした。

「気を付けて」

「失礼します」と言ってドアを開け退室した。

あっという間の出来事だった。ドッと疲れが噴出した。僕はなんだかなにもしていない。なにも手ごたえがない。

五十嵐さんは週に一回、こうやって話し相手を求めて誰かを面接してるのだろうか。

色々な人がいる。色々ある。

僕はマンションから出ると、ネクタイを緩め、特に理由もなく駅前を歩いてみた。

落ち着かない。あの事務所で働くことを想像して、嫌悪が走った。なんとなく映画が見たくなり、新宿まで行って映画館の近くを歩いたのだけど、見たい映画がなくて、漫画喫茶へ行きDVDでクラシック映画のジェームズ・スチュワート主演、フランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生』を見た。漫画喫茶は薄暗く、最初はなにも考えず、ただ茫然と画面に目を向けているだけだったのだけれど、いつしか意識が遠のき、眠っていた。

 

そしてまた小人が現れた。

 

 

 

くらげ

くらげ

 

 

 

ルチェルナのこと 第十章・その②

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面接の時間が近づいたので、僕は瑞希と部屋を出て駅まで歩いた。

部屋を出る前に僕がネクタイを締めると「大人じゃん」と瑞希が言った。

「でも、なんで布を首からぶら下げるのかしらね」

そう言われればそうだなと僕も思った。

「考えると変だよね。ネクタイって」

瑞希の反応が自然であればあるほど、スーツを着ている自分がなぜか恥ずかしくなった。

「今日はこれからどうするの?」

「まだ野菜送ってる人がいるから訪ねてみるわ」

「突然行くんだね」

「だってその方が楽しいもの」

瑞希は自分の行為によってもしかしたら嫌われるとか、迷惑なのかもという想像をしていなかった。僕が心配なのは、その純粋で無邪気な行動によって瑞希自身が利用されたり、傷ついたりしないかということだった。だけど、それはやっぱり僕自身の物差しから見た考え方で、瑞希からしたら余計なお世話なのかもしれないと思い、僕はなにも言わなかった。

 

「そうだ、瑞希ちゃんに話したかったことがあったんだ」

「どんなこと?」

「小人の話」

「小人の話?」

瑞希ちゃんが言ってた、人生を影で覆ってしまう小人の話」

そこまで話すと、調布駅までたどり着いた。

「それは怖い話?」

「いや、まだ今のところ可愛い話。また今度ゆっくり話すよ」

「うん」

小人の話はずいぶんと入り組んでいたし、僕の夢とスギヨシが繋がったことや、瑞希がずっと怖がっている小人のことが繋がったことは、きっと楽しんでもらえると僕は思った。

「じゃあ面接頑張ってね」

「うん。ありがとう」

瑞希はニコッと笑うと、僕のネクタイを摘み、フワッと二度振って、「ネクタイじゃーん」と言った。そして「またね」と、背中を向けて歩いて行った。

僕はその後姿をポカンと眺めながら、なにか言い忘れていたような気分になった。

瑞希と別れた後は決まってそう言う気持ちになる。

瑞希ちゃん!」

僕は無意識に近い状態で、瑞希を呼び止めていた。瑞希が立ち止まり、僕の方へと向いた。僕は何を言えばいいのか戸惑っていた。

「どうしたの?」

瑞希がキョトンとした表情を浮かべ、僕に尋ねた。

「……やっぱさ、面接行かなくてもいいと思うんだ」

僕は瑞希と少しでも一緒にいたかった。それは本心だ。

瑞希は相変わらずキョトンとした表情のまま僕を見つめていたが、ニヤッと笑みを浮かべると、僕の方へ歩いてきた。

「面接、怖くなったの?」と瑞希が含み笑いで僕に言った。

「違うよ」

「ふーん」

瑞希は僕の背中をポンッと叩き、「分かったわよ」と言った。僕は瑞希がいったい何を分かったのか分からなかった。

僕は誘導されるように、瑞希と改札を抜け、そのまま電車に乗った。

僕は、瑞希に話しかけようとすると、瑞希は何故か小声で、

「何も言わなくていいから。分かったから」と僕の言葉を制止した。

「いい? まずは起きてもいない変化に今から怯えないこと。余計なことを考える前にまず、出来るだけフラットに自分を持って行くこと」

瑞希はそう言うと、僕を見て真剣な表情で頷いた。

僕も、その瑞希の勢いに押され、頷いた。

「あるプロテニスの選手は、試合の前日からイメージトレーニングを始めるの。瞑想しながら、気持ちのバランスを整えるのよ。いかに練習を積み重ねて、技術的にテクニックを身につけていたとしても、心のバランスが追いついていないと、ベストのパフォーマンスは出せないのを知っているの」

瑞希は僕に、いかにリラックスが大切かを説明し始めた。

僕はその説明を聴きながら、僕の面接を純粋に応援しようとしている瑞希を感じていた。

瑞希がまだ隣にいる。

「しばらく自分の呼吸に耳を澄まして。そして、自分が受け入れられるイメージを繰り返し思い描くの。やってみて」

瑞希に言われるがまま、目を閉じ、しばらく無言で、電車に揺られていた。その状態は心地よかった。だけど、面接のことを集中して考えることは出来ず、ただただ、隣にいる瑞希を意識していた。

ふと、目を開けて瑞希を見ると、目を閉じて自分の呼吸に耳を澄ませているようだった。

僕は、その横顔をしばらくジッと眺めていた。透き通るように白く、唇がピンク色だった。息を静かに吐き出して、また吸い込む。僕は、見惚れ、心が締め付けられ、体中に微弱な疼きを感じていた。

気が付いたら初台に到着していた。僕達は、ホームへと降り改札へ向かった。僕が何か話しかけようとすると、瑞希は何故か、真剣な顔で頷き、僕の言葉を制止した。

改札を抜け、振り向くと、瑞希はまだ改札を抜けないまま、僕を見つめ立っていた。

「大丈夫だから」と、瑞希が言った。

「あ、うん」

「頑張って!」

「うん、ありがとう」

瑞希はガッツポーズの後、僕を指さし、頷きながら、ホームへと戻っていった。

「あ……」

瑞希は僕が面接を前にして、怯えていると思ったのだろう。そして、僕に付き添って、初台まで来てくれた。僕は面接なんかより、ただ瑞希と一緒にいたかった。僕の想いとは少しずれているが、僕はこういう瑞希の行動が好きだった。

 

 

足音にロック

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